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何だか窮屈な感覚に目が覚めた。
目の前には遊んでいますと言わんばかりの乙な大胸筋。

「よう」
「わあ!!」

そうだパソコン貰ったんだ。

「ドフラミンゴさんベッド使って良いって言ったじゃないですか!うわ今日1限!」
「主人を床に寝かせられねェだろ」

俺が良いって言ってるのに聞いてくれない。俺は床で寝ている間にベッドに抱え上げられたのに、全く起きなかったらしい。そしてあろうことか会ったばかりの人の腕に収まって大人しく眠るという危機感の無さ。野生だったら確実に死んでいる。

「あの、朝は和食派なんですけどいいですか?」
「フフフ、好きなもん食え」


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起動したパソコンから拘束が解けていく。
彼を縮こまらせていた梱包用のバンドが、上から順に解けて彼を中心に円を描く。空気が下の階からから上がってくる。釣られていた男が鉄の滑り止め加工の地面に素足で降りた。機械なのになんだか幻想的だ。俺のいっぱいいっぱいな叫び声で3人が慌てて階段を蹴る音が後ろからする。サングラスがじっと俺を見ている。


「随分と可愛い御主人様じゃねェか」


腰の抜けた俺の顔を身を屈めて覗きこんで、劇でも演じてるみたいに上機嫌に口角を上げて顎に手をやった。

彼は何も着ていなかった。
自身の外見には相当な自信があるのか、若しくはパソコンだから気にしないのか。目のやり場に困ってしまう。まさか、そんなところまで作ってあるなんて思わなかった。すごい。起動スイッチの場所もおかしい。パソコンを作ってる人たちって一体何を目指しているんだろう。今度ルフィに聞こう。

「名前は?」

思考が停止しそうになっていると、前に行儀悪くしゃがまれて名前を聞かれた。視線の高さが合う。サングラス、取れるのかな。

「xxx、xxxね」

復唱されて小さく頷くと、笑顔のサングラスの色が少しの間明度が増した気がする。パソコンはアクセス中など瞳がブルーになるものが多いけど、彼は眼鏡をかけているせいでそれが分かり辛い。今のを俺が気付いたのは本物の偶然だ。
よろしくな、と握手ついでに手を貸してくれたので素直に借りて立ち上がる。固まっていたらしい後ろの3人も動き出した。俺と同じくらい全裸に気にとられていたのかもしれない。

「ああーーっくそぉいいなぁ」
「諦めろルフィ、今個人認証しちまった」

「型番無しの付属品はどこ保管だかなァ…」

3人の目が離れた僅かな間に、長い人差し指がその重みを利用して俺の肩を2回叩いた。
見上げると彼は俺の肩を訪ねたその指の形のまま、指す先をゆっくりと下げていった。三日月形の口とサングラスに見つめられている。時間がこの人より前に進めないみたいに遅く感じる。止まった指は狂ったままのメモリーカードを指していた。
欲しければ目を離した隙に上から摘まんで奪い取れるのにそれをしないのは、出来ないからなのだろうか。もしかして、誰かに与えられるのを待たなくてはいけないのだろうか。彼は誰かに自らの目覚めすら委ね、何年もその誰かに会えるのを待っていた。
細くない節を自然に曲げた大人の長い関節が、奪う許可を静かに強請る。

例えば、同じ血の流れる人からは何を奪っても何を与えても、見返りは無くそれは無償でなされる。俺だって血の繋がった人から日々何かを削り奪って生きている。あるのは血の繋がりだけ。しかしそれが何をしても許される、お互いに支配し支配される血の契約だ。
では血の流れないものとの無償の奪い合いはなんと形容されるのだろう。これは俺がもう少ししたら考えることの末端で、この行為はドフラミンゴさんの最初の略奪だった。

君を起こした、チカチカうるさい目覚ましが欲しいならあげる。俺には電源の入れ方くらいしか使い方がわからない。
どうぞと彼の指先に近づけると、力学の何たるかを知り尽くした長い指がカードを挟み取り、そのまま片手だけで器用にふたつに折った。力を入れてる様子は全くなかったが、冬の朝の薄氷に子供が乗って割るような軽い音がした。ビニールケースの中で歪んだ画面に蜘蛛の巣状にヒビが入って点灯しているかはよくわからなかった。

「これで他の俺を起こせねェ」

そう言って、興味の失せたカードを指が放す。他の俺?ひしゃげた小さなそれは金属の床であらぬ方向へ跳ねた。横からルフィの残念そうな声が聞こえたが、さっきよりも笑みが本物らしくなった目の前の彼から目が離せない。大きな手に上からやんわりと触れられた。

「お名前は?」

「ン?」
「何て呼べば良いのかなって、あえと、俺も貴方のお名前を知りたくて、その、どうしたらいいですか」
「俺に聞くのか」

聞き返されて戸惑う。ルフィはエースをエースって呼んでるじゃないか。パソコンには元から名前がついているんだと思ってたけど違うのか。もしかして、無いのか。機械だから?誰かに、つけてもらえるまで。


「ドンキホーテ・ドフラミンゴ、好きに呼べ」


全裸なのに色気しかない、色眼鏡の男は勿体付けて答えた。


「うわエースなんだっけ、聞いたことある、俺もよく知ってるんだけど思い出せねぇ!」
「人型パソコンシステムの、創始者の名前だ」
「悪趣味だ」

そう言って、クロコダイルさんがいつの間に見つけてきたのか付属品を投げてくれた。物凄い色のコートを指しているのか名乗った名前を指しているのか、どちらともなのかはわからなかった。




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