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パソコンは、便利だ。
俺のアルバイト先の事務所にも1台ある。あると言うか、"いる"。パソコンは事務所の椅子にすらりと座って、経理を1人で勝手に全部こなして、売れ行きや今後の予定を考慮に入れた上でミス無く発注もしてくれて、話しかければそれを微調整してさえくれる。彼女は目が合うと微笑んでくれるのだけど、これがまた可愛い。スタッフへの癒しだ。店長が趣味で彼女に眼鏡をかけさせたのも似合っている。良い。

パソコンがあればメールとか出来るし、電話も出来るし、インターネットが見れる。いやらしいサイトも見れちゃうわけ。
この世は人型パソコンのお陰で凄く便利なのだ。ただしパソコンは凄く高い。俺だってパソコン欲しい。見たいよ、いやらしいサイト。


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俺の煩悩まみれの心の叫びを察知したのか、なんとパソコンマニアの友人が趣味で自作した人型パソコンを1台譲ってくれると言う。

パソコンを自分で作るという知識や労力は俺には計り知れない。きっと気が遠くなるほどのお金がかかっているんだろう。その証拠に友人は万年金欠だ。しかし、その友人のアパートの床が自作したパソコン達の重みで抜けそうという深刻な事態らしいのでお言葉に甘えて貰いに行く事にした。女の子も男の子もいるらしい。格好良いのがいいなあ。

ルフィの家行くの久しぶりだ。歩いていける距離だけど道順が不安で時間に余裕を持って出ると、アパートの急な階段を降りた所に名刺サイズのメモリーカードが落ちてた。
拾うと、メモリーカード表面の液晶画面に少しヒビが入っている。サイドのボタンを長押しすると電源が入る、筈だ。それくらいは知ってる。それから、電源が入ると液晶にメモリーカードの中身が表示されると思うんだけど、これは違った。

トランプだ。

各スートと数字のカードの画像がランダムに点滅している。ジョーカーが出た後、画面が一時的に暗くなった気がしたけど再びフラッシュし始めた。

「…なんだろ」

気味が悪いメモリーカードの電源が落ちなかったので、そのままポケットに入れて友人へのお土産にする。歩いて20分程で着く道のりの途中で、すれ違う男女の二人組みは全て片方がパソコンだった。いいなあ、パソコン。可愛い女の子と腕を組んで歩く王子様みたいなパソコンを、ちょっと恨めしげな目で追いながらすれ違うとハンサムな王子様は突然異常停止をして女の子を驚かせていた。え、なんか、ごめんなさい。


「xxxー!久しぶりだなぁー!!ごめんそこで止まってくれ!」

日当たりの悪そうなアパートに近づくと、ボロい外階段から変なTシャツのルフィが身を乗り出して両手を振っているのが見えた。変わりなく、元気そうだ。自然と手を振り返した。言われた通りそのまま歩道の傍で立ってるとルフィが手を振りながら走って寄って来る。

「悪ィな!エースがすごい音させてさぁ、xxx何かウイルス持ってるみたいなんだ」

エースは、彼の作ったパソコンの名前だ。会った事があるけど、彼とルフィは本物の仲の良い兄弟みたいに見えた。

「ええ、ウイルスってパソコンのあれだろ、持ってないよ」
「だよなぁ、変だおかしい」

2人して首を捻る。持っている筈の無い俺が持っている可能性しか無いらしい。ウイルスは感染してしまう恐れがあるそうで、そのためにルフィは俺をこれ以上家に近付けられず、道の真ん中で彼方此方に首を傾けまくり顎に手を当て眉間に皺を寄せている。ルフィは表情筋が物凄く柔らかい。

「あ、俺さっきメモリーカード拾ったんだけど、」
「ん?」

電源が入りっぱなしのメモリーカードをポケットから出して、これもウイルスに感染するの、と聞いた声はルフィの耳には入らなかったらしい。
小さな液晶を覗き込む目が2回瞬きして、仕方を忘れたように瞬きが止まる。唇を引き結んで、点滅する光を貪欲に取り込もうと瞳孔が開いていく。



「……すげぇ、JOKERだ」

画面が一瞬暗くなった瞬間に、友人は唾を飲み下して譫言のように言った。


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有名なウイルスには名前がついているものがあって、さっきの"JOKER"もウイルスの名前らしい。電波を遮る特殊なビニールケースをルフィが凄い勢いで部屋から取って戻って来て、電源ボタンをちょっと押して見たりして操作不能な事を改めて一通り確認してから、様子のおかしいメモリーカードを放り込んだ。俺にはただの透明な防水ケースに見える。ファスナーを閉めて、よし、と大きく声を出すと今度は抱えて跳ぶ勢いで俺の手を引いてアパートの部屋に駆け込んだ。

「エース!凄いんだ、xxxがJOKERウイルス持ってる!メモリの電池が切れそうだ、DDシリーズの本体持ってるやつソッコーで探してくれ!!」
「落ち着けよルフィ、…えええええ凄えな本当か!!」

慌ただしく扉を開けて目と全身で興奮を伝えるルフィを抱き止めて、xxx久しぶりだな、と片手を上げたこの律儀で爽やかな癖っ毛の男がエースだ。

「ねえ、これにそのウイルスが入ってるの?」
「おう!これやばいぞ!」
「おう、この世には伝説と謳われる動かないパソコンが存在するんだけどな、それがJOKERウイルスで動く!って、まぁ都市伝説だ」

メモリーカードを軽く振って聞いてみると、ルフィの短い返答をすかさずエースが訳してくれる。

「エース!これ絶対本物のだぞ!噂と一緒だ!!」
「待て待てルフィxxxを置いてくな、xxxあのな、DDシリーズは実はただの初期重大欠陥のリコール漏れだって説が有力で鉄板だけど、今までも誰1人"動かせない"もんだからどんどん夢の詰まった尾ひれが付いちまって、今ではDDシリーズは意志を持って自分で動くだとか浪漫が、」
「本物だって!!」
「イテテ、そうだ本物かもだ!」

兄弟喧嘩が始まってしまい何を言ってるのかわからなくなってしまった。でも俺が拾った珍妙なこれがつまり、未来から来た便利ロボの鍵なんだな!?

「うーんウイルスって病気になるやつだろ、逆にそれで動くんだ?」
「そうだ!」
「ああ、ウイルスもプログラムの一種だからな、そういうふうに組み込めば…ん!ルフィ、一件返事来た!メッセージ読むぞ!」
「おう頼む!」
「"所有してる"」

エースの声が悪の親玉みたいな低い声になってメールの短い文面を読んで、微妙に顔真似してるようだ。そういう機能もあるのか?

「おー!すなわに!流石デキるオトコ!」

ウイルス、プログラム、動かない伝説のパソコン、DDシリーズ、すなわに、ついていけない。

メモリーカードの電池には限りがあるのと2人が興奮してるのとで、パソコンくれるって話はすっかり何処かへ行ってしまった。
兄弟が元気良く転げ回るルフィの部屋は確かに床が抜けそうだった。




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