// Blakiston's fish owl



”明日の25時に直接お渡しいたします。”

 コツコツと4階の窓ガラスを固く小さいものが突く音がする。25時きっかりにカーテンの隙間から、一対の金色の目がこちらを覗いていた。窓を開けてやると灰色の大きな鳥は一度開放された窓を避けて離れ、窓枠に器用にとまった。
 そして持ち上げた右脚を少し前に出した。鋭い鉤爪のある脚に結び付けられている書類はおそらく取引相手からの荷だろう。なるほど、こう届くのか。

「見ねェ鳥だな」

 まだらのグレーをしたふかふかの腹が近くにある。手を伸ばしてみるとヒョイと跳ねて避けられた。それよりこれをはやくとれと右脚を再びこちらに出してくる。嘴は閉じたままで、脅威は感じない。知能が高そうだ。体長は1メートルほどある。

「フフッお触り厳禁か」

 梟ってのはこんなにデカいもんか?本棚に鳥の図鑑がなかったか。窓を開けたまま鳥に背を向けると、こちらを左右に揺れながら見つめている。

「まァ入れよ、ごほうびくれてやる」

 振り返って声を掛けても大鳥は部屋に入らない。流石に言語は理解しないのか。背を向けて本棚の最下段から鳥類の図鑑を取り上げている間も窓の縁に止まっていた。
 時折催促で窓を突いていた。貨物に興味が無い受取人に戸惑っているのかもしれない。足首に括られた荷がまるでこいつを逃げないように捕らえているようだ。その通りだ。受け取ったら飛んでいっちまう。

「オイオイいい加減入って来い」

 図鑑をめくりつつ真面目な鳥に声をかける。寒ィだろと大げさに付け足すと遂に窓から一番近いテーブルに飛び移った。掴むところのない平面では歩きにくそうにしている。

「フッフッフッ!イイコだ、閉めとけよ」

 冗談を言いながら図鑑に視線を落とす。するとカタン、と窓枠が音を立てた。
 また本から顔を上げると、窓が閉まっている。閉めろとは、確かに言ったが。テーブルには斑の鳥が爪を丸めて座っている。書類は引きずられたまま。

「どうやって閉めた」

 ジリと見つめると、徐に鳥が目をそらした。
 非常に困っているようにも見える。鳥ではない。床を見ていた金の目が上目遣いにこちらに向く。


「シマフクロウです」

「あ?」
「20年程前に絶滅しましたので、新しい図鑑だと載ってないかもしれません」

 瞬間大鳥は消えテーブルの脇に茶灰の毛色の青年が立っていた。目深に被った郵便屋らしい官帽を外した若い男は頭を下げた。
 帽子を脱ぐと黒い髪が部屋の灯りを受けて美しく焦茶に反射する。頭部の羽角はそのまま耳の上あたりで跳ねている。能力者か。それも、夜間飛行可能。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ様この度は格別なお引き立てを賜り真に有難う御座います、書状をお届けに伺ったご自宅に土足で上がり込むご無礼を働き申し訳ございません」

 持った帽子を両手で握っているわりには、一息に喋った。覚悟が決まってんじゃあねェか。

「可能であるならば今宵私がお部屋に上がってしまったことを、ご内密に」

 金の虹彩が俺を下から見上げる。まあるく夜空を照らし人の業を見つめる、満月のようだ。眩さに目蓋を半分下ろす。

「んな野暮なこたしねェよ」

 入って窓を閉めろと言ったのは俺だ。左腕を持ち上げて反対側の手の人差し指で軽く叩いてみせると、上目に二度瞬きをしてから呼び付けに応じた。室内で窮屈そうに数回羽ばたき、床から離れて戸惑いがちに俺の腕を掴んだ。鋭い爪が肌に食い込み血管を裂く。想像よりも軽い。羽毛の塊だ。
 もう一度腹のあたりに指の背を近付けても逃げない。羽根の方向に逆らわないように指の背で短く撫でる。柔らかく、美しい。
 そのまま顔のそばへ指を持っていくと、嘴を開いて指の背を甘く啄んだ。

「ご褒美は胡桃より肉か?」

 大きな梟が嘴をゆっくりと開け二回噛む。視線は俺から外さない。

「フッフッフッ、魚か」



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 夜のうちに王宮へ配達に来る小鳥ちゃん。若様が事あるごとに夜の便を指定して彼を呼びつける。眠れない若様の可愛いお話相手。

 若様は小鳥が手紙を持って来るなんて言ったけれど、大きな梟は小鳥のサイズには思えなかった。視線の高さが同じだとわかるとほんの少しだけ対抗意識が芽生えた。だって、仕方ないじゃない。私も若様が大好きだもの。
 前触れなくある早朝に、ダイニングで魚が三尾も乗ったアクアパッツァを美味しそうに頬張る彼に初めて会った。太陽の気配もない時間だった。食べているところを横で眺めてる若様がシェフに無茶を言ったんだわ。それからも時折、次の配達がない時は夜中に起きてる私たち悪い海賊たちの話し相手になってくれることがある。

「もしもの話よ、若様がシマフクロウの剥製欲しいって言い出したらどうするの?」
「俺なりますよ」

 どんな会話の下でこの返事にたどり着いたのか、あまりの衝撃に忘れてしまった。鳥仲間に向かって酷い事を言ってしまったと反省するのも遅れた。彼は淀みなく、死んでもいい、と言ったのだ。アナタそれじゃ、まるで、愛の告白のよう。

「俺けっこうサイズ大きいし、他の個体より格好良いと思いますよ」

 夜半のぼんやりとして動かない空気の中で、珈琲と砂糖の香りだけが呼吸している。
 乱獲され剥製にされ羽を毟られこの世界から姿を消した、既に存在しない鳥。剥製にするなら、事実もう彼しかいない。そう遠くない未来に彼の食べた実も幻獣種になってしまうのだろうか。

「モネさんだって綺麗なんだから危ないですよ」
「あら、私?」
「剥製にされちゃうかも」
「光栄ね」

 そう言うと彼はクッキーを絶え間なく口に放り込む手を休めて微笑んだ。魚の形に型抜きしてあげて正解だったみたい。こんな時間でも彼にとってはディナー前の罪なるおやつタイムだ。

「xxx、夜の空は危険ではないの?」
「危ないですね、たまに撃たれます、でも欲しいものがあるんで」
「なに?」

 万が一海上で撃たれたら終わり。それでも高配当の夜間便はやめられない。かなり高価なもので、買えるもの。興味のままに質問してしまう。
 彼は一度右上に視線を動かしてから、秘密です、と照れたように笑った。




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