// Vampire bat
目が覚めると、部屋の天井角に逆さになってぶら下がっていた。
艦に乗せた初日に刻んで狂犬病のチェックをしたせいでかなり警戒されたようだ。強制人間ドッグの結果は、栄養状態が最悪でアバラが浮いてる以外は至って健康体で安心した。
食事をしているところを見たいので船長室に閉じ込めたが、出港から4日間血を吸いに来る様子はない。俺の健康状態が悪いとか言うつもりか?グルメだな。
シャワー室で髭を剃りに鏡を見てやっと気付いた。左鎖骨の上に3センチほどの切り傷がある。まさか。剃刀を置いてそちらに手を伸ばすと、まだ完全には血が乾いてない。あいつ。
いつもより深い気もする隈を落とすように顔を洗って、気分の悪いシャワーを短時間で済ますと足早に船長室に戻る。今血圧を測ればいつも以上の異常値を叩きだせるだろう。部屋の天井の同じ位置にバカでかい蝙蝠が皮膜を体に巻きつけて止まっている。
「オイxxx」
呼びかけても応えない。そりゃあ腹いっぱいで夢見もいいだろうよ。
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「オレふつーに食うんだけどぉー」
その2日後の夜、蝙蝠はあっさりと天井から落ちてきてベッドのスプリングが派手に跳ねた。流石の俺でも目が覚めた。
俺の腹を跨いで馬乗りになっているソイツは長い前髪で見えないが多分目が合っている。目元が覆われていても避ける様子はなく特に気にしていない様子だ。鬱陶しい。いや、暗くて落ち着くのかも。
「鶏とかー魚とかー果物とかー」
心を開いたとかではなく、腹が減って限界になっただけか。語尾をだらしなく伸ばしながら、長い指を折って自分の食べられる食物を挙げ始めた。新顔のくせにフルーツを要求するな。深海だぞ。
「喋れるのか」
「当たり前ェーだろー」
吸血蝙蝠なんだから血が主食だと思い込んでいた。違うのか。
無理やり着せられたツナギは腰履きに、後背部から皮膜状の黒い翼がベッドに垂れ下がる。白いTシャツもサイズが合っているはずなのにガリガリで半袖が肘下まできている。肉も魚も血も、もっと食わせねぇとな。
「なにこれ?なんなの?かんきん?腹減ったつってんだけど」
体格の割に言語が幼い。後遺症でやられたか?
「血を吸われたかった、興味だ」
「キショ」
即座に嫌そうに細い舌を出した。受け答えのレスポンスが良すぎる。いい性格だ。
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目的地を告げて眉を顰めるクルーにディプダークのチラシを指し示す。数名は更に肩を動かした。無理もない。シャボンディのヒューマンショップが潰れて、台頭してきた幾つかのオークション経営母体のひとつだ。
あれだけ追い立てられていた老舗闇市アークギークアークスも新進気鋭の穿ったディプダークも不思議と政府からの取り締まりが緩んできているようだ。腐った鼬ごっこだ。ご丁寧に近海の海賊に招待状を送りつけてくるほど金と力を持ってる。個人的にはアークナイトのほうに立ち寄りたかったが航路に擦りもしなかった。
「目的はこいつだ」
"悪魔の実の能力者・吸血蝙蝠人間・雄"の項目を指の先で弾く。
「え、赤の伯爵、ッスか」
「いや、パトリック・レッドフィールドは投獄されたと聞いてる」
せっかく通りかかったんだ、本物ならお目通り願いたい。
ただの興味だ。
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「ご覧頂きたいのは見目の麗しさ、捕獲の際にも細心の注意を払いまして顔及び体には大きな傷はひとつもありません!」
「薬で大人しくさせておりますので海楼石をお持ちでない方も飼育可能です!」
「もちろん薬剤のセットも僅かな追加料金でお渡し出来ます」
「翼はこの通り背面腰からですがお好みに合わせて腕を翼に変えさせることも可能です」
「オイ、司会!肩甲骨から出すことは出来ないのか?」
「申し訳ございません、あらゆる手を試しましたが背中上部からは」
強い拘りがあったらしく、立ち上がってオークショニアに声をかけた隣の男はそのまま席から離れた。
巡業型のディプダークのオークション会場は街の規模によって入れる人数が変わる。今回はかなり大規模だ。立ち見までいる。赤の伯爵と見紛うような謳い文句までつけた大目玉、吸血鬼がいるんだから当然だ。
「さぁ引き続きご覧下さいませ動物系の種のタフさ!」
「お客様達星の数ほどの性的趣向にお答えできる頑丈な体で御座います!」
会場の人間たちの視線が、ステージ上に力なく床に寝そべっている青年に真っ直ぐに注がれる。物を言わぬのに、その瞳は全て不気味に光っている。実際に見たことはねェが、赤の伯爵はもっと巨漢で赤い三つ編みジジイと聞く。どうみてもこいつは伯爵じゃねェだろう。
青年は首輪につながった鎖を引かれると座ってない首がぐんにゃりと曲がり、半開きの口から唾液が垂れる。投与量超過だ。髪も傷んでる。
反吐がでる。
「ROOM」
しみったれたオークション会場全てを飲み込んだ。
間もなくステージ上の男の眼の焦点がハッキリと合い、ステージに張り付いていた皮膜の翼が僅かに持ち上がった。
「ホントの姿を見せてみろ」
クスリなら取り除いたぜ。奪った首輪を人差し指で一回転させて後ろの席に放る。
座席がざわつき始め、人買いたちが立ち上がって動き出す。人垣の隙間から、低い体勢のまま体の何倍もある翼を広げ、男の黄色に近い金髪の間から尖った耳が発生しているのが見えた。
「お前ら、耳塞げ」
後ろでベポとシャチが慌てた声を上げた。念のためにクルーの周囲に真空の層を作っておく。
蝙蝠人間が口を開き鋭い犬歯が見え、次の瞬間ステージ上の音響装置全てが兵器と化した。真空で遮断された音波は会場内の哺乳類全ての聴覚を破壊して回っている。外道たちが耳を塞いで出口へ向かって走る。近距離で食らった舞台上の司会は頭部から激しく出血しうつ伏せに倒れて動かない。最高の無声スナッフフィルムだ。股間にゾクゾクくる。
絶命していないやつは全員逃げ出した。真空の層を消し、ゆっくり拍手しながら立ち上がると長い前髪の向こうから赤い瞳が俺を睨んだ。
昔話で蝙蝠は動物の仲間にも鳥の仲間にも入れてもらえず一人になった。
孤高のレッドが地面に立つ動物側なら、xxxは空を行く鳥側だ。
海も空も広い。なぁ、俺とトぼうぜ。
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