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「xxxは結構センスいいんだ、服の趣味とか嫌いじゃねーぜ」

日曜日は23時で閉店のシガーバーにラストオーダー前から既に他に客がいなかったのをいい事に、従業員の筈の派手な男が俺の向かいのチェアに掛けている。
狸爺が先週の誕生日にドフラミンゴ君から将棋盤を貰ったと嬉しそうに話しているのをバックヤードで聞いていたのか、客が俺以外にいなくなると件の将棋盤を持って出て来た。天地柾の一級品だ。爺が最近将棋を始めたから貰って大変喜ばしいけれど腰痛持ちには重いのでお店に置いてる次第、だそうだ。それが今俺とコイツが将棋指してる大凡の理由で原因だ。

「かなり迷いそうな顔してるくせにサーっと見てちょっと羽織っただけでお会計だ、ちゃんと似合ってんだこれが」

こっちの持ち時間中に自分の部屋の中のちっちぇ話を延々と嬉しそうにしてくるので、あんなにネット上に有り余っていた筈のてめェの機体が手に入らないと仕事と趣味の中間の愚痴をひとつぶつけると、へェそうなのかと下手くそな知らん振りが返ってきた。都市伝説として有名だったコイツはコレクションとしての需要に応えるために倉庫にぶら下げておいたが、起動して動き出してからこちら次の入荷が出来てない。それ以前は競売を覗けば1台くらいは出てたんもんだが見つからねェ。不明だった製造元が再リコールでも出してるってんなら、流石に業務上わかる。何かの意図を感じる。いや、人じゃなけりゃ意図とは言わないかもしれねェな。
そのまま喋り続けたので喋らせたままにしてるが、喋ったままノータイムで早指ししてくるコイツの舌はいつ干上がるんだ?

「トランプの前にはな、チェス盤買ってきたんだがあいつ俺にミニチュアサイズ買ってきやがったんだぜ、可愛いだろ」

今度は桂馬持ったまま両手でそのサイズを表現しだして指さねェ。


「うるせェ早く打て」


「なんだよ鰐野郎、俺の話聞かねェならあと12手で王手だ」
「話せ」
「フッフッフッフ!それで先週からxxxが今度こそ節約するとか言い出して家計簿つけ始めたんだがな」



「こんばんは〜〜」
「お、xxx」
「いらっしゃい」

店主の目が無くなる笑顔に、遅くまですみませんと家計簿をつけ始めたらしい大学生がバーの入り口で頭を下げた。下げすぎて旋毛が見える。紫のサングラスが盤上から興味を失ったので、腕時計を確認するとなるほど閉店時間を過ぎていた。

「何してるんです?」
「将棋ですね、ドフラミンゴ君は手加減が上手いから楽しいんですよ」

学生らしく安酒で出来上がってて歩くのが遅い。鈍い足運びでカウンター伝いにそろそろと歩いてくる。いつもと逆のお迎えに、圧倒的な堅い囲いの完成している盤上をあっさり放り出し、向かいの多弁な男が立ち上がる。


「待てこのクソミンゴ野郎、勝ち逃げする気じゃねェだろうな」

「アァ、するね」



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「今日は潰れてねェんだな」
「ひとをのんべえみたいにいわないでくれます!」
「言ってねェだろ、どうだった同窓会ってやつは」
「たのしいおさけでした!」

ついこの間まで同じ制服着てた気のする高校の同級生達との早過ぎる同窓会だった。野球部の髪の毛が伸びてたことくらいしか変わらない、みんな中身は高校生の時と同じだ。2年経っても3年経っても、20年経ったとしても教室で馬鹿笑いしてた俺たちは変わる気がしなかった。笑い疲れて少し眠い。

「フフフ、楽しかったか」
「たのしかった!」

歩き慣れた歩道のない道で後ろから大型のバイクが1台俺たちを追い抜いていった。テールランプの一瞬が眩しい。
曲がり角で俺の左手を一度放して車道側にずれると、また俺の手を持って歩いてく。コンパスが違うのに歩幅を合わせてくれて引っ張られる事はない。飲んだら寝てしまうご主人様の手を引いてくれる優しいパソコンは、俺のこと何だと思ってるんだろう。パソコンだから何も思わないのかなぁ。本当に。


「結構みんなパソコン連れて来てて、アドレス教えてって言われたんですけどね、わかんないんで断ったんですけどね、あ、ヤマトさんがすごい変わってて、ずっとロングだったのにベリショって言うんだって可愛かったよ」
「そうか」

車の通らない横断歩道の信号が青に変わるのを並んで待つ。もうすぐ家だ。きっともう日付が変わって、明日が今日になってるだろう。

「ヤマとマイナちゃんが付き合ってたんだって、仲良いなって思ってたけど俺ずっと知らなかったんだけど、2年の時からずっとだからもう4年もだって、すごい笑ったし笑われた」
「そりゃやべェな」


俺は知らない事とかわからない事ばっかりだ。だけど、細やかで思い出せない記憶がたくさんある。それは引き出せないだけで、俺の脳が記憶している。

ドフラミンゴさんは何でも覚えられるし何でも知ってる。
イオンとはなんぞやの問いにスラスラ答えるし、ジャンヌダルクの生年月日はもちろん、駅で話しかけてきた英語圏のお婆ちゃんに返事して乗れば良い電車のホームと料金まで教えてあげてた。将棋だって強いみたい。信号はまだ赤。


「ドフラミンゴさんは思い出ってありますか」


やはり俺よりも全部、正確に、鮮明に、覚えているんじゃないだろうか。電気回路の記憶装置はきっとどんなに奥に仕舞いこんでも光速で引き出せるんだろうから、思い出も歴史年表も混ざってしまうのではないか心配だ。
俺達は立ち止まったまま信号は青く光っている。車は来ない。ドフラミンゴさんは少し考えるように顎を左手で擦った。もしかしたら自分の記憶と世界の歴史とを選り分けていたのかもしれない。すぐにこっちを向いていつもの笑みを浮かべた。信号はもう点滅を始めた。


「あるぜ」


「一番古いのは腰抜かした誰かさんの間抜け面だな」


ご主人様に向かってなんて言い草だ!




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