トモダチ夫婦。






「じゃあ結局入ったんだ、新名」

「まあねー」


 一学期最初の体育は、クラスマッチの練習。……という名のレクレーションだった。
 時間割をいじっての、前半クラス合同体育。見事にクラスがバラけているいわゆる「身内」は、だいたい同じ体育館内にいる。

 唯一クラスがかぶったカレンと私のところにミヨと梨央が合流。そのついでに昨日の戦果を報告したところ、カレンはやるなあと視線をコートの中で絶賛大暴れ中の不二山に視線を流し、ミヨは「やっぱり」と見事的中したらしい自分の読みに満足げに笑った。

 そして影の功労者である梨央はというと

「そっかそっかあ。嬉しいなあ。すっごい格好良かったもん昨日の新名君」


 超嬉しそうに、また手をたたいている。 
 パチパチ、というよりはペチペチ? ほとんど音のない拍手。

 このお花ちゃんめ。
 可愛いにも程があるわ。


「何? 昨日のって」

 事情を知らないカレンに、昨日の、一連の流れ……不二山が張り巡らせた罠について話して聞かせる。

 いやあ、ほんとなんて言うか。 えぐいよね、あの手口。
 スポーツマンシップにのっとっているようで全力でアウトみたいな。わざと投げられるとか。女に褒めさせるとか。色々。
 
「ホントすごかったの! 綺麗に、ひょいってっ」

「梨央。あれは投げられたほうが巧かったんだよ」

「え……? そうなの?」

「うん」

 梨央はどうやら本気で新名の力だと信じていたらしい。
 うっかりさっくり言っちゃったけど、そう思っていてくれたほうが良かったのかな。新名の名誉の為にも。
 


 そもそも、私と不二山にとって梨央の登場は完全な計算外だった。
 あれがなかったらもう少し入部交渉は難航したかもしれない。だから梨央には感謝しなければならないのだけれど。……その一方で、どうしても不安がちらつく。

 この子の存在が原動力になるのなら、それはそれで構わない。
 そんなの個人の自由だし、何をするにも着火剤は必要だ。


 だけど。「他人」を自分のモチベーションにするのは、実はかなりリスクが高い。
 何かを成し得るために誰かに支えてもらう。それはアリ。
 でもよりかかるのはダメだ。頑張る理由とか、意味とか。そんなのを相手に丸投げにしてたら、相手が崩れた時に自分も共倒れになってしまう。
 
 不二山は心配ねえって言ってたけど。
 ……そりゃ、入部決めたのは「それ」だけが理由じゃない(と思いたい)だろうし。嫌々始めたことでも、これから面白さに気付くかもしれない。


 でも、私は不安。


「そっかあ……でも、きっと上手くなるよね。不二山君と結が追い掛けるくらいなんだから」


 ……とっても、不安。


「……新名がどうなるかはともかく、とりあえず不二山君が策士ということはわかったわ」

「うん。そこは揺るぎない」

 カレンが正しく不二山嵐を認識したところで、ピピー、と試合終了の笛が鳴った。
 出番だといって面倒くさそうに立ち上がったミヨと梨央を二人でにこやかに見送って、残ったふたりで、肩と肩をぶつけ合うように座り直す。


「旦那の試合終わっちゃったねえ、結」

「はいはい。残念残念」

 旦那=不二山。この図式が定着したのはいつだっただろう。入部して、そんなに時間はかからなかったような気がする。
 最初はやめろとかやめてくださいお願いしますとかいい加減にしやがってくださいとかいちいち反応していたけど、今はもう面倒になってさらっと受け流すようになってしまった。

 ただのからかい文句だ。
 別になんか減るわけじゃないし、いいか。みたいな。慣れってホントに怖い。
 

「おお、モテてるモテてる」


 試合を終えてコートから出た不二山に、女子達がわらわらと群がる。
 運動神経がよくて顔もそこそこいけてりゃ体育系のイベントではヒーローでしょう。なんて解説者ぶったリアクションをかえすと、カレンは余裕だねえと品のない笑みを浮かべた。


 余裕って何だろう。
 残念ながら「ラブ的なアレ」ではない私に、そのへんのことに口を出す権利なんてない。ただそれだけのことなのに。
 自由に恋すりゃいいじゃない。
 私が邪魔なら、リコンでもなんでもしてやるっつの。


 それに不二山には新名みたいなあやうさは無い。
 他人を巻き込むのは巧いくせに、そのへん、いい意味でマイペースだ。

 迷いはあっても。考えるのも、決めるのも、あくまでも自分。
 理由を他人に求めない。
 意味を誰かに問うこともない。
 自分の中にある想いを、答えを、何よりも信じているから。

 それが不二山嵐の「安心力」の源。


 ……ああ、そこは好きだなあ、私。



「はあい、そこの高嶺のお花さんたち。暇なら外で俺らとタイマンドッヂしない?」


 自然と不二山に向いていた視線
 それをさえぎるように、私たちの前に二人の男が立ちはだかった。


「……それ要するにただのボールのぶつけ合いだよね」


「そうとも言う」


 あらゆる意味で常時注目の的、桜井兄弟。
 ボールを手に超ノリノリなのはルカの方だけ。……に見えるけど、かったりいって面してるコウの方も恐らく内心はがっつり臨戦態勢だ。 


「やだよ。てか荒事に女子を誘うか普通」

「まあまあ、そういわずに。なんならペア戦でもいいからさ」

「それぜんぜん譲歩してないー」

「大丈夫! 利き腕は使わない!」

 ルカの手が、何の遠慮も躊躇いもなく私の手首を掴んだ。
 ぐいっと(ここはちょっと遠慮気味に)引っ張られた力に、思わず腰が浮いてしまう。

「いやあ、若いっていいねえ」

「……カレン、いっとくけど誘われてるの私だけじゃないから。あんた含めてのお誘いだから」

「……ちっ」

 しょうがない、とカレンが自力でたつ。
 あ、これ。逃げられない。もう逃げられないパターンだわ。
 そういうつもりはまるでなかったのに、うっかりアシストをしてしまった自分が憎い。


「よおし! んじゃー外行こ!」

「ねえルカ」

「んー?」

「私らいつまでおてて繋いでんの?」


 ルカに手首を掴まれたまま、引っ張られるがままに進む足。


「出るまで」

「別に逃げないよ」

「いーや。逃げるね」
 

 どんだけ信用ないんだ私は。
 思わず苦笑いをこぼした私の肩を、コウが何か言いたげな目でポンとひとつ軽く叩いた。







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(11.09.07)







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