Wトラップ!






 走っても走ってもついてくる。


 ちょ、まじもう限界。
 受験鈍り抜きにしても、こんなに走ることないでしょ、フツー。


 校内や闇雲に走り回っても埒が明かない。
 体力ゲージにENPTYマークがちらつきはじめてようやくそのことの気付いた俺は、校門方向進路をにとった。



 ほんと、なんでこうなっちゃったの?
 脇腹超痛いし。クチん中、鉄の味するし。最悪だ。
 大体俺が何をしたってえのよ。
 クラスの連中と遊んでただけ、しかも超健全に。青空の下でさ。
 そしたらあの人……フジヤマサンが現れて。
 俺をじろじろ見た後、なるほど、とか、さすがだな、とか、なんかわけわかんねえ独り言をぶつぶつ……


 ……ぶつぶつ?


 あ。なんかやな予感。
 
 
 なるほどって。まるで誰かから俺のこと聞いてきたみたいなその口振り、もしかしてお仲間がいたりしません?
 それもとびきり美人の、柑橘のニオイがする人。


 やばい、俺しくじったかも!
 でももう俺の俊足は、ゴールに定めた校門に到着しようとしている。
 すげえ。
 この先いやな予感しかしないわ。マジで。

 進みたくない。
 でも、足止めんのはもっと怖ぇ。
 これぞ究極の選択だ。てか多分、どっち選んでもバッド。

 ならせめてガタイのいい兄ちゃんよりはキレイな姉ちゃんだろ!
 そんな本能からのGOサインに従い、最後の力を振り絞り一気に加速する。
 

 そこにいるとは限らないし(そこしか出口がなくても)
 いたとしても、軽口でなんとか。(かなり手ごわそうだけど)


 だがそんな俺の淡い希望は


「柔道部でーす! よろしくお願いしまーす!」


 俺の登場を見計らって発せられたようなこの声で、一瞬にして散った。

 車は急に止まれない。
 人間だってそうだ。
 あわててブレーキをかけてはみたけど、

「う……わあ!」

「おっねがいしまーす!」

 勢いを殺した俺の肩をがしっと正面から抑えて、にっこり。
 柑橘の人は素敵すぎる笑顔を浮かべながら、完全に俺の足を止めてしまった。
 目の前につきつけられた紙は近すぎて文字が見えないんだけど、多分、新入部員募集! とかそういうありきたりの文句が並んでいるんだろう。

 見えない。ちょ、ほんとみえない。

「いいぞ笠原!」

 完全に力負け状態。
 更に後方からあの人が。
 フジヤマさんの声が聞こえる。

 ってもう追いついたのか!
 っとにどういう体力してんだあの人!

「……だから! 柔道とか興味ねえってば!」

 正面から押さえつけるように加えられていた力から体を後ろに引いて逃れて、少しだけバック走。
 右がだめなら左だ! と、すぐにそちらにつま先を向けて、なけなしの体力を振り絞って再びエンジンをかけた。






 それから大体十分後。




 劣勢スタートの攻防戦は、まさかの結末を迎えた。

「え……?!」

 ふわって。
 ふわって浮いたんだよ。あの人の、でっかい体が。

 今の俺がやったの?
 マジで?
 予想外の展開に頭が真っ白になる俺に、後ろから俺らを追ってきた柑橘の人が「わあ!」と歓声をくれる。

「すごいよ新名! 不二山をぶん投げるなんて!」

 いやいや、ちょっと待て。
 そりゃ俺もさ、その。悪くない感触っちゅうか……気持ちいいっつーか。嬉しくないこともないけど。

 無理じゃね?
 客観的に見て、それは無理じゃね? だって黒帯じゃんこの人。
 んで、ド素人じゃん。俺。

「や……あのさあ」

「……すっごい! 何今の!」

 少し冷静さを取り戻し、脳内パニックがようやく収まりかけたその時。
 その時を狙っていました! みたいなスバラシイタイミングで、別の声……あのコの声が、近寄りがたさ満開の俺らの中に飛び込んできた。
 
「新名君すごい! 不二山君ってすごく強いんだよ!?」

 丁度渡り廊下を歩いていたらしい。
 上履きのまま地面に降りて、飛びつかんばかりの勢いで俺の元に駆け寄ってくる。

「柔道やったことあるのっ?」

「い、いや……全然サッパリ……」

「すごいよ! それで投げちゃうなんて!」

 ちょ、何この可愛い生き物。
 興奮しても可愛いって、何事?

 勢いはあるけどほとんど音のない「ぱちぱち」を浴びながら、ちらりと柔道部の二人を見る。

 ねえ、これもあんたらの罠?
 だとしたら、これはマジ人間不信になるレベル。


 だけど二人の表情に、たくらみや策略の色はなかった。
 彼女の登場は完全に予想外の出来事だったのだろう。土足で乱入した梨央さんを前に、一生懸命言葉を捜している感じだ。


「柔道、やるの?」

「え? ええと……それは……」

「絶対向いてるよ。格好よかったもん、今の」



 そして飛び出した、「トドメ」の一言。
 


 ……いや、別にこれがドカンときたとか、そういうアレじゃなくて。その。
 理由はそれだけじゃないんだよ、もちろん。


「……そ、かな」

 ただ。
 彼女の一言がガンコな心を解したのは、事実で。



 俺にはじめて生じた迷いを、フジヤマさんは見逃さなかった。
 それっぽいことをたらたらと。
 「たしかに」といわずにはいられないようなポイントを的確について、まんまと俺を頷かせてしまったのだ。

 ……この人、ただの熱血体力馬鹿じゃない。
 なんつうか、もっとずっとタチの悪いもののような気がする。



「……あんさあ」


 梨央さんと別れて部室へと連行される道すがら、柑橘の人の隣に並んだ。
 てかこの人がマネージャーて何かの冗談じゃないの?
 目線は殆ど俺と同じ。その高い背丈はどう見てもどっかのクラブのエース級だし、カオはキレイだけど遊び慣れたねーちゃんって感じの派手さだ。
 俺のイメージする運動部のマネージャー像とは真逆といっていいほどかけ離れている。

「ん?」

「あんただよね、あの人に俺のこと話したの」

「あー……まあ、軽ーく推してはおいたけど? でも実際、最終判断は不二山だよ。ちゃんとあいつの目に留まったんだから自信持ちなって」

「いや、そういうこと言いたいんじゃなくてさ」

 不二山嵐の目に留まった。
 それがどれだけのことなのか、俺にはまだよくわからない。
 才能? 何それ状態だよ。ほんと。

「……恨むからね、マジ」


 思い描いていた高校生活とは真逆、とんだスタートを切ってしまった。
 そのスターターは、間違いなくこの人。

「決めてからそういうこと言わない」

「いってえ!」


 俺の気持ちなどおかまいなしに、びしっと決めたデコピンの向こうで、にやり。
 ……いや、にこりのつもりなのかもしれないけど。地顔のせいか、校門前の営業用スマイルとはまるで別物のそれに見える。


「まあきっかけがきっかけだし、続けるかどうかはあんた次第だけどさ」

「……あ、意外と柔軟なのねそこ。もっとこう、死んでも逃がさない系かと思った」

「私も強引に引き込まれたクチだからね。今のあんたの気持ちはわからないこともないの」

「え?! マジで?!」

「マジマジ。大マジ。だから言えることがもうひとつ」

「なになに?」


 だけどその不穏な笑顔は、俺らの数歩先を歩くフジヤマさんの背中を見るなりふわりと、やわらかいものに変わった。
 穏やかで、優しくて。
 思わずドキッとしちゃうような、「微笑み」。


「最初はとんでもない奴だと思ったけど。……あいつについてったことに、後悔はないよ」

 ……どんな一年間だったのだろう。
 無理矢理入れられたこの人に(きっととんでもなくあくどい手を使ったに違いない)こんなカオをさせちゃうような一年。
 気持ちの半分を絶望に持っていかれている今の俺には、ちょっと想像できない。
 
「あ……もしかしてラブ的なアレ?」

「違うねえ」

 愛でも、

「……全然その気配もなく?」

「うん」

 恋でもなく。

 女にただ「よかった」と言わせる男。
 ……柔道よりその生態のが気になるんすけど。マジで。


「ま、とりあえずやってみなさい。アレにどーんとぶつかってけばなにか拓けるかもよ」

「……今そう思い始めたとこ。」

「それは何より」

 この部活。活動内容はともかく、ちょっと面白いかも。
 人が。そう。キャラ的な意味で。

「ね、マネージャーさん。名前教えて?」

「あ、そういや私自己紹介してないね。えーと、笠原です」


 柑橘の人、改め笠原、

 
「ども。ちなみに下の名前は?」

「結。」


 笠原、結さん。
 ……あれ? 今答えたのってご本人じゃないよね?

「なんであんたが答えるかな」

「知ってたから」

「……や、そりゃ知ってるでしょうけどね?」


 そして聞いてない振りしてばっちり聞いてた、不二山……嵐さん。部長。


「そういやお前花粉症は?」

「うわあ、決め付けてる」
 

 この二人が、俺の直属の「センパイ」。
 意識するとちょっと格好よく見えるから不思議だ。



 がんばりゃ俺もなれるのかな。
 この人みたいに、強くて、ずるくて、格好いい男に。
 


 そしたら俺にも笑ってくれる?


 ----「あいつについてったことに、後悔はないよ」


 あんな風に
 

 -----「新名君すごい!」


 あのコも。




 

 




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(11.09.06)





 

 

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