ロックオン
「新名君だよ。新名旬平君」
新名旬平。それが、新しい被害者の名前か。
頭の隅っこに書き留めながら、ウーロン茶を喉に流し込んだ。
「被害者」は言葉が悪いけど、残念ながら的は外していない。
何せ無差別的に振りまかれる梨央のお花チャンパワーは絶大だ。「万人受け」する女子なんて存在しないと思っていたけど、このコの場合……なんていうか。あり得ないことがあり得てしまいそうで、すごい、と思う反面、少しだけ怖い。
ライバルは無限大。せいぜいがんばんなさいよ、一年生。
なんて、我ながら気持ちのこもっていないエールを心の中でそっと手向ける。
「なに、まさかホントに狙うの? あの一年生」
すると昼御飯のおともにわざわざ新名の話題を掘り返した私に、カレンは驚きと呆れの入り交じった表情を浮かべた。
「うん。昨日の練習の時、不二山にちらっと話してみたんだけどさ」
そう。私は別に、彼に個人的な興味があるわけではない。
見た目は相当アレだけど、身体はそこそこ……いや、それは言い過ぎ。でも少し鍛えればかなりイケそうな感じがしたのよね。バランスがいいんだ。とにかく。
それを不二山に話したら、不二山は
「そしたら?」
「笠原の目がマルって判断したなら、合格だろ」
とのこと。
かなりチャラいんだけど、という前置きがあったのに、予想外の好感触だった。
「……とまあ、興味津々に」
「わあ。噂をすれば」
言葉をそのまま代弁するつもりが、不二山嵐、ご本人の登場だ。
まあここは学食なわけで、弁当なんて朝のうちに消化してしまっている不二山がいることは不思議でも何でもない。
「隣いいか」
「どーぞ。早く埋めちゃってよ。周りうっとおしいから」
わざと置いていた何も乗せていないトレイをどけてできた私の隣の空席に、不二山が座る。
その席を狙ってソワソワしていた男子と一部女子が露骨に溜息をついたけれど、流石の不二山嵐。そんなこたあ知るかと言わんばかりの堂々とした表情で親子丼の上に乗せていた割り箸を割った。
ごめんね、男共。
あんたらが少し勇気を出したら、座らせてあげるつもりだったけれど。(カレン様親衛隊についてはみなかったことにする。こわいから。 )
「逢坂、その一年……えと、」
「新名」
「新名。それ、知り合い?」
……そういやこいつは、フツーだなあ。
梨央に対してこんなにフラットな男、他にいないんじゃないの?
好意の有無はともかく、梨央の前ではたいていの奴は緊張を強いられるか、逆にへにゃっと態度を軟化させるかのどちらかだ。 それに人気者のカレンに対しても、ちっこくて可愛いミヨに対しても。もちろん私に対しても変わらない、超どフラットな漢ぶり。
尊敬に値するわ。マジで。
「知り合いっていうか……」
「ん?」
「……うん、知り合い、が一番正しい気がするよ」
「ナンパでもされたんでしょ」
「結っ」
「はい正解。てか、誰でもわかるわ」
「ふーん……」
思ったより情報は少ない。とでも判断したのだろう。
不二山の親子丼をつつくペースが、ぐんと上がった。
「……あいつやるかなあ、柔道。対極な気ぃするけど」
カレンのいうことはごもっともだ。興味を持つどころか、柔道? 何それ、マジダサ。……とか、いかにもいいそう。それくらい胴着をきたあいつがイメージが出来ない。
でも。
「……不二山が本気出して追っ掛けたら、たぶん落ちる」
なんせ相手は不二山だ。
こいつは、高校に入るまで柔道なんて見たこともなかった私を手元に引きずりこんだ男。
あのチャラ男がこれから逃げきれるとは、とても思えない。
「……さ、さすが落とされた人間の言葉は重いわ……」
「……んだよ、それ。人聞き悪ぃな」
「……あんたは一度内なる自分と向き合ったほうがいいと思う。……ただの青春直球バカなら逃げようもあったのになあ」
ん、今米が落ちたな。
視線を落としてみると、やっぱり。襟のとこについてる。
「……お前ん時は特別だよ。」
襟元にそっと手を伸ばし、人差し指でちょんと米をすくいあげる。
「お前は、一目惚れだったから」
うん。マネージャー的な意味で、ね。
省かれた言葉を頭の中で補足しながら指先の米をティッシュで拭うと、不二山の「コレ」に慣れない面々はそれぞれ、わかりやすいリアクションをくれた。
うわ、きたよ。と何故か顔を赤らめたカレン。
仲良しだねえと女神様みたいな笑顔を浮かべる梨央。
ミヨは……よくわかんないけど。たぶんがっつり記録されてるんだろうな。情報ノートに。
「笠原、今日放課後新名攻めんぞ」
「ん。」
ま。陥落済みの私のことはともかく。
新名はこれからが大変だ。
概ね私のせいだから、さっきよりは力をこめて、ご武運をお祈りいたしましょう。
がんばれ。
あ、ダメだ。かわいそすぎて顔が笑う。
ごめんね。
……超がんばれ。『ルーキー』。
----------------
(11.09.05)
←