砂糖菓子と柑橘。
あ。あのコだ。
ちょっと歩調を速めれば届く距離。外なら間違いなく追っかけてんのに、やっぱ学校だとはじめの一歩が重い。
同じ制服。
似たような年格好。
なのに、上履きのラインだけが違う。
それだけなのに。
そのラインで引かれているのは、大きな、大きな溝だ。
せめてひとりならなあ。
お友達一緒だし。後ろにいる二匹の番犬もなんっかただならぬ雰囲気出してるし。
気後れなんてらしくない。
わかっちゃいるけど、なんか。……なんか。
「梨央ー! ちょっと待ったーっ」
さっさと、気楽ーな感じで追い抜いちゃおうかな。
そんな弱気な俺を嘲笑うかのように、後方から、あのコを呼ぶ声。
声でけえなおいと振り返ってみると、声の主は視界に姿を捉えるより先にグンッて効果音が付きそうな早さで俺の横を駆け抜けていった。
擦れ違い様に香る、柑橘の香り。
香水かな。俺はもちっと甘い方が好きだけど。
でも、綺麗だ。
後ろ姿、ハンパなく綺麗。
「笠原、声でけえ」
あのコの後ろに控えていた桜井……多分兄の方が、眉をしかめながらその人が小突く。
歩みを止めたその集団に追い付くのは簡単で、俺は気付けば声が聞き取れる位置にまで近づいていた。
「ごめんごめん。梨央、借りてたコレ、返すね」
「いつでもよかったのに」
「て、言われるとルーズになっちゃうからさあ。今日も、後でいいやーって思ってるうちに学校終わっちゃったし」
柑橘の人の後ろ。幸運にも絶妙な位置を歩いていた俺。
柑橘の人に笑いかけたあのコ……梨央、さんの目が、確かに、はっきりと俺を捉えた。
神様、いや、ありがとう、柑橘の人。
おかげで、無視するわけにもいかねーじゃん? ……て、大義名分ができた。
「あ。ラッキー。今帰り?」
さも今気付きましたみたいな演技。我ながらあっぱれなアドリブだ。
ずっと見てたとか、ナシ。そんなん、絶対ナシ。
「……これはまた随分チャラい……」
謎の袋(っつっても、ショップの袋だけど)を梨央さんに手渡しながら、柑橘の人がじろりとこちらをみる。
わあ、正面も綺麗じゃんこの人。ちょっと目が怖い(にらんでるから?)けど、梨央さんとは種類の違う、なんていうか……凛とした感じの、美人。
並んでみると俺との身長差は殆どなかった。気持ち、勝ってる?どうかな。
ちょっと残念なのは、アップにしてる黒髪。手入れはよさそうなのに、なんでおろしてないんだろう。おろしたらきっと、すごく……
「新名君、今帰り?」
お互いに値踏みするように視線を交差させていると、梨央さんがあわてた様子で俺らの中に割って入った。
おっと。イカンイカン。
絡みあっていた視線をぱっと解いて、梨央さんと向き合う。
「うん。帰り帰り」
「そっか。部活は? 何か入らないの?」
ああ、やっぱ超可愛いな。
このコは声も、喋り方も、ふわっとしてて、甘い。
「部活……? うーん。悩み中」
ただこの、絵に描いたような先輩後輩トークは、ちょっとなあ。
「悩み中だってよ、結ちゃん。どう、彼」
話をそらせないかな。
その話題題ときっかけを探していると、それまで黙っていた桜井……弟の方、がひょいと身を乗り出した。
右手は柑橘の人の肩に。
左手は……なぜか、俺の肩にまわっている。
「……チャラ男かあ」
「そんなの、どうとでもなるって。ちゃちゃーって洗脳しちゃえばいいよ。柔道部お得意の根性論で」
は? 洗脳?
は? 柔道?
は? 何、この展開。
「洗脳云々の前に、不二山がこういうの嫌いそうで」
「あー。お宅の旦那、厳しそうだもんねえ」
「……んー……でも、悪くは、ない?」
ぺたり。
柑橘の人の手が、突然俺の自由な方の肩に触れた。
ぺた、ぺた。
手はそのまま、胸元に。
何だこれ。
何が起きているのか、さっぱり、まったくわからない。
だけどこれだけははっきりとわかる。
この流れはマズい。
非常に、モーレツにマズい。
「……おーい少年」
すっかり固まってしまった俺に、 梨央さんのお友達が苦笑いで手を振ってよこす。
この人見たことあんな。背もデカ……いや、今はそんなこといってる場合じゃない。
「とりあえず今は逃げといたら? このコ、マジになると怖いからさ」
「……そーしまっすっ」
せっかく与えられたチャンスだ。
軽く乗せられていただけの腕を振りほどいて、集団の真ん中を突っ切って駆け出す。
なあ。超格好わるくね、俺。
逃げながら横目で見た梨央さんは、輪の中心で笑っていた。
くすくすと、楽しそうに。
笑いの種は俺かしら? そう思うと複雑だけれど。
その笑顔は、とろけるように甘い。
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(11.09.04)
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