「選ばれる」理由





 私、何もないなあって思うの。
 
 結も、カレンも、ミヨも。それぞれちゃんとやるべきこと、やりたいことを頑張ってるのに。
 誰かに必要とされているのに。


 私には何もない。
 特別出来ることも。やりたいことも。やらなきゃいけないことも。
 

「……あの、俺、ずっと逢坂のことかわいいなって思ってて……その」


 ……なにもない。のに。







 『用事』を終えて教室を出る頃には、もうとっくに部活が始まっている時間だった。
 私の所属する手芸部は、時間や出欠には寛容な……悪く言えば、女子幽霊部員の巣窟。少しくらいの遅刻なんて、誰も気に止めたりしない。

 今日は気が重いなあ。
 帰ろうかなあ。


 家庭科室へと向きかけた足が、ぴたりと止まる。
 そんな私を心を読んだかのように……引き止めるように、誰かがぽん、と後ろから私の肩を叩いた。

「よ。今から部活?」

「……結……」

 結だ。
 そう認識した途端、後ろめたさで硬くなった身体からふっと力が抜ける。
 
「何そのリアクション」

「ご、ごめん。結も今から? ……あれ? ちょっと遅いね」

「先生に捕まって雑用ー。梨央は?」

「えーっと……似たようなカンジ、かな」

 本当はだいぶ違うけど、「クラスの男の子に告白されてたの」なんてわざわざそれを口にする必要もない。
  
「そかそか。ついてないね、お互い」

 ついてない。
 ……そう言い切るわけにもいかずに、曖昧な笑顔だけを返した。

 






 職員室経由で部室に行くという結に付き合って、職員室までついていくことにした。
 なんとなく誰かと、それも仲のいい人と話したい。こういう気分の時、結の存在は凄く大きい。
 押しも引きも強くない、あくまでも「真ん中」に針を置いた状態で話してくれるし、いい意味で力加減の効いた硬すぎず柔すぎずの雰囲気が肌にしっくりと馴染む。
 頑張らなくていい。無理になにかをする必要も無い。
 そう思わせてくれるから、隣にいるのもすごく楽だ。
 

 そう思っているのは私だけじゃない。
 仲のいい子はみんな、そんな結をちゃんと知ってる。


「あっ姐さん!」

「ほんとだ! 姐さんだ!」

「チーっス!」

 一年生の教室がある階を通り過ぎてすぐ目に入ったにぎやかそうな男の子達の集団。
 やだなあ、苦手。そう思った瞬間、男の子達は結を見るなり一斉に騒ぎを止め姿勢をぴんと正した。


「……その呼び方はやめてよ。また怖がられるじゃん」

「親しみを込めたつもりなんすけど」

「悪意を感じる」


 結が持っていた冊子でそのうちの一人を軽く叩くと、男の子達は楽しそうに、その嘘の緊張状態を解く。


「結さん、今帰りっすか」

「帰らないよ。遅れちゃったけど今から部活……あ、梨央、この子ら全部ニーナの友達ね」

 新名君の、友達。
 一括でそう紹介されてしまった皆が、「手抜き」とか「ちゃんと名前が」とか口々に抗議をはじめる。
 にぎやかだけど、知り合いの知り合いとなるとちょっと可愛く見える不思議。
 ……でもすごいなあ。どうやったら後輩の友達とこんなくだけた関係になれるんだろう。


「なんか懐かれちゃってさあー……先輩ぶりっこがまさかの展開に……」

「やーもう、メロメロっすよ。かっちょいいっすもん結さん」

「よし、じゃあその勢いで全員まとめて柔道部に」

「「「それはいいっす」」」

「いっそ気持ちいいわ!」


 ぴったりと息のあった完全拒否を受けて、結は声を出して笑った。
 実はちょっと珍しい結の「爆笑」に、思わず私の目も釘付けになる。

 いつもの大人びた「微笑み」とは違って、年相応で、可愛い。


「まあ気が向」

「ちょっとそこおお! 何してんの?!」


 結がまた何かを言おうとしたその時。
 上階から、新名君が駆け下りてきた。
 思わず圧倒される勢いに、結を除く全員が一歩身体を引く。

「何って……雑談?」

「ずりィよ結さん! 俺が大変な目にあってるっつーのに!」

 大変って、どうしたんだろう。
 汗だくて、息を切らして。
 まるで何かに追われているような気迫だ。

「サボろうとするあんたが悪い。基礎トレは大事よ?」

「うー……っ助けて! 梨央さん!」

「えっ」

「新名!」

 そこに現れたのは、柔道着姿の不二山君。

「きたあああっ」

 ……まるでもなにも実際に追われていたらしい。
 こうして新名君はあっという間に、来たときと同じ勢いで走り去ってしまった。


「お前も早く部室行けよ?」


 私達の前を横切りながら、不二山君がぽんと結の頭に触れる。
 そして同じクラスの私には、「じゃあ」と短い挨拶。
 わかりやすい、明らかな『区別』。


「……ニーナもあのムラッ気がなくなればなあ」


 それに全くの無反応っていうのが、いかにも「らしい」というか。
 二人の行った方向を見下ろしながら、結は苦笑いをこぼした。
 だけどその目は優しい。後輩を見守る先輩の眼差しだ。 


「ムラっ気とチャラさをとったら新名じゃなくなるんじゃねーですかね」 

「んなことないよ。あの子、あれでかなり努力家でしょ」

「努力家!? 新名が?!」

「ホントにテキトー奴がうちにトップで入れるわけないじゃん。努力とかだっせぇー、みたいなポーズ気取ってるけど、根はかなり真面目だと思う。ほら、サボり方も下手だし。逃げるなら校外にさっさと逃げればいいのにね」


「た、たしかに……」

 言われてみたら、本当にそう。
 出会いが出会いだし、見た目も……格好いいけど、あれだし。最初は私も警戒してた。
 だけどちゃんとやさしかった。見た目より、ずっと。
 それで新入生代表だもん。 
 
 新名君も結達と同じ。何かを持っている人。
 誰かに、必要とされる人なのね。


「そこそこしかやんない奴はそこそこにしかなれない。……もちろん努力と結果が必ずしもイコールっていうわけじゃないけどさ。やんないよりはマシな奴だよ。それにあいつは出来る奴だし、中途半端は勿体無い」


 いいなあ、新名君。
 ……格好いいよ。結にここまで言わせるなんてさ。


「……っと。こんなところでダラダラしてたら私までサボり認定されちゃう。行くね」

「っす。お疲れ様っす!」

「エールだけですんません!」

「うむ。まあよい。……ありがと」


 皆とはここで離れて、少しだけ歩調を速めて階段を下る。
 部活に気持ちが飛んでいる結の表情は明るい。

 羨ましいなあ。
 いいなあって。また、欲しがりの癖が出そうになる。
 

「……ねえ、」

「……あ」

 その時。一瞬、結の表情が変わった。


「え?」

「あ、ごめん。なんでもない」


 何に気を止めたのだろう。
 他に人の姿はないし、耳を澄ましても聴こえてくるのは後ろから降りてくるさっきの男の子達の声と、ピアノの音だけ。

 気になるけど。
 なんでもない、は、ひみつの証だ。


「何か言いかけたよね。どした、梨央」


「……ううん、私もなんでもない」


 私もタイミングを外されて我に返った。
 何言おうとしたんだろうって。急に恥ずかしくなる。


「真似っ子されちゃあ何もいえないわー」



 ねえ、結。私も、皆みたいになれる?
 頑張れば。……「そこそこ」より上にいける?



「……私、部活行くね」

「ん? ……うん、あ、ごめんね付き合わせて」

「ううん。ありがとう」


 とりあえず、部活。
 自分から始めたことに、ちゃんと、真剣に取り組んでみよう。
 


 私も必要とされたいの。





 ----『可愛いから』じゃなくて。






 


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(11.09.21)







 









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