プリン、完食。
最後に風邪を引いたのはいつだろう。
布団の中の暇つぶしに記憶の箱を開いてみたら、前回から軽く10年は経過していた。
ちなみにその間に体調を崩したとか大きな怪我をしたということもない、まさに絵に描いたような健康優良児っぷり。我ながらちょっとひくわ。
「……プリン旨ぁ……」
そして今回の、約10年ぶりの風邪も早くもその勢いを失いつつある。
現在、午後6時30分。昨日あれだけ苦しめられた熱も、完全に下がった。
今は空腹を満たすべく、三つ目のプリンに着手中。
カレンが朝残していってくれた雑炊やゼリーも当然完食済みだ。
「……まあ、元気になってよかったよ」
起きていきなり全開の私を、カレンが驚きのまなざしで見てくる。
驚き……いや、ちょっと呆れも混じってるかもしれない。
「迷惑かけてほんっとにごめん」
「馬鹿。そんなことはどうだっていいの」
「ごめんね。……ありがとう」
「はい、どういたしまして」
ソファーに足を組んで座って、悠然と微笑むカレン「サマ」。
今の私にはただの女神にしか見えない。
「夕食は? 何か食べれる?」
「あ、いや。お構いなく。もう全然家帰れそうだし」
そこまで迷惑をかけるわけには、と慌てて手を振る私に、女神は更にその女神っぷりを発揮した。
「いいから今日まで泊まって行きなよ」
「でも」
「いーの。あんたがもっと寝込むと思ってたから無駄に飲み物とか買い込んじゃってんのよ。ちょっとは消費してって?」
すごくすごく、すごーく有難い申し出だ。
今から準備して、一時間以上かけて帰るのは正直骨が折れる。
でも
「……二日家空けるのはなあ」
躊躇いというか。不安が少々。
今日泊まって、明日ここから学校に行くとする。
で、部活は休ませてもらったとしても帰りつくのは大体、今の時間くらい。
……つまり、更に二十四時間の「不在」が続くことになるわけで。
「……あれ? 家、誰もいないでしょ?」
「うん。だからこそ心配っていうか……」
「……ん? ごめん、ちょっと突っ込んだこときいてもいい?」
「ん?」
「一人暮らし、なのよね?」
「まあ、うん。一人だね」
「……えと、その……それは私みたいに家を出てってこと…」
「いや、実家」
……あれ? いつになく、カレンの歯切れが悪いな。
「……そ、か」
そうか、は納得の合図。……のはずなのに、なんでそんな気まずい顔をしているんだろう。
私から目を逸らして、溜息。「そういうことか……」って何が?
「カレン」
「あっごめん! ごめんね?」
この空気、この流れ。
まさか。
「カレン、ひょっとしてものすごくドラマチックな展開を想像してない?」
「……え?」
「あの、何もないよ? 一人は一人だけど、両親バリバリ健在だし兄弟もいるしついでに仲もすこぶる良好だし」
「そうなの!?」
「あー……やっぱりかあ」
……いったいどこまで深刻な事態を妄想していたのかが気になる。
よかったー! と安堵でソファーにとろけるカレンの様子から察するに、相当可哀想なことになってたんじゃないだろうか。
まあ、気持ちはわからなくもない。
部活留学でもない女子高校生の一人暮らしなんてどう考えても「訳アリ」だし(カレンにはカレンの訳があるんだろう、多分)。熱の勢いで何か変なこと……意味ありげなことを口走った可能性もある。
「あのね、私は留守番なんだ」
期待に応えられなくて残念だけど。
……いや、よかったといってくれたのは嬉しけど。
現実はとてもシンプル。
「……留守番?」
私はただの、お留守番だ。
「そ。皆がそれぞれ、あっちこっちで好きなことしてるだけ。だから私が家に残ってんの」
「……高校生の女の子が一人で」
「んー。そうなってからもずっとじーちちゃんばーちゃんがいたからね。でもおじいちゃんが半年前に亡くなって、そっから一人になっちゃった」
家族はバラバラ。私も一人。
でも電話もメールもマメにあるし、特に兄ちゃんなんて過保護すぎるくらい過保護。
愛情はある。
それに、近所の人超親切だし、助けてくれるし。
「一人でも残る。これが私の役割。その義務感だけでなんとなくなんとかなるもんよ、こーいうのは」
だから寂しくなんて無いのよ。全然。まったく。これっぽっちも。
「……そっか」
ああ。やっぱ帰ろう。
「うん。……だから、今日は帰るね。ほんっとお世話になりました!」
帰って家の灯りをつけなきゃ、ご近所さんが心配するわ。
着替えの為に立ち上がった私を、カレンは引きとめはしなかった。
とりあえずは納得してくれたようで、寝室に入った私の後ろから荷物はここ、洗濯したものはここと世話を焼いてくれる。
「ねえ、そういや携帯、ご両親登録してないの? 連絡先探したけどそれっぽいのが見当たらなかったんだよね」
「ああ、うん。国際通話になっちゃうし、家電しか使わないんだよね。兄ちゃんとお姉ちゃんは入ってるけど……あ、そか。あだ名で登録してるわ。わかるわけない」
「登録、しといたほうがいいよ。なんかあったときの為に」
「んー……そうだねえ」
お世話になったTシャツを脱ぎ捨て、もぞもぞと着替え開始。
……見られながらだとちょっと恥ずかしいな。お世話してくれるのは嬉しいけど、なんで私ガン見されてんだろう。
「カレン、見すぎ」
「あ、ごっめん! 綺麗な体してんなーと思って、ついね」
「あんたに言われたくないわー」
モデル業までやってる子が何を言ってんだか。
……私の身体は、脂肪はないけど華奢でもない。
ブラウスを受け取って、隠すようにすばやく袖を通す。
「あ。そういや不二山君にメールした? メール、着てたでしょ」
「まだ。後で電話しとく」
「ん。そうしな。今日も心配してたから」
「うん」
不二山が、心配。
したかな。……まあ、したよね。
怒られるかな。
いや、でもちゃんと言うこときいたし。……お陰で行き倒れずに済んだし。
「……そういやさあ。不二山君って、やっぱなんかすごいよね」
「ん?」
「いや……下手な言い訳が通じないっていうか……有耶無耶にさせてくんないっていうか」
「あー……何言ったの? カレン」
「え? ええと……」
「……ま、今みたいな中途半端は許してくんないね。白黒はっりさせたい人だから」
「そうそう、そんな感じ。変に迫力あるし、ちょっとびびっちゃった」
「別に怖くはないよ」
今日の電話の内容は、
心配かけてごめんなさい。
止めてくれてありがとう。
これに決まりだ。
「むしろ私は好きだ。不二山のそういうとこ」
よし、と意気込んで、スカートの下の短パンをオフ。
あとは靴下とベストを装備すりゃ完璧。
「……流石夫婦。お似合いだわ、あんたら」
「そりゃどうも」
かけてあったベストを着込むと、ポケットの中に制服のリボンと髪留めが入っていた。
髪、どうしよう。
もうこのままでいいかな。帰るだけだし。
「……へえ。制服で髪下ろしてんの初めて見たけど、印象全然違うね」
「えー? そう?」
「うん。柔らかくなるっていうか、威嚇してる感じがなくなる。……あ、でもこれはこれでまた別の近寄りがたさがあるな……なんか、育ちのいいお嬢さんって感じ」
「いや、そもそも威嚇してないしね? 悪かったね顔キツくて」
「やあねえ。どっちの結もイケてるって。ね、たまには下ろしてきたら?」
そもそもなんで髪なんて伸ばしてんだろう私。
こだわりがあるわけでも、理由があるわけでもないのに。
「……いっそ切るって手も」
「それはだめ!!!!」
カレンの声があまりにも大きかったので、
とりあえず、この件は保留。
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(11.09.16)
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