小さな違和感
「嵐さん!」
昼休み。買っていたパンでざっと腹を満たして屋上へと向かおうとしたところを、新名に呼び止められた。
「今日、結さんは?」
「休み」
「あー……やっぱそっかあ」
笠原を心配してわざわざ走ってきたらしい。
……この短期間にずいぶん懐いたもんだ。
「……クラスの奴らが、俺らが走ってった後のこと教えてくれて」
「後?」
「後。なんかスイッチ切れたみたいにぼーっとなって、すげえしんどそうだったって。あいつらも心配してますよ」
「……スイッチなあ」
スイッチ。確かにあいつならひとつや二つ持っていそうな気がする。
頭も気持ちも切り替え早いし。オンオフも極端だから。
昨日見た笠原はオン。気合で隠そうとしたっつーなら十分、合格レベル。
なんか頭重そうだなって。
俺が気づけたのはそこまでだった。
「風邪だ!」ってすげえ嬉しそうに報告してきた時には、ああこいつ馬鹿だって思ったけど。今思えば、あいつが体調を理由に部活を休ませて欲しいだなんて言って来ること自体異常事態だったんだ。
『こじらせる前に治したいから』
イコール、
これ以上は隠せる自信がない。だから休ませて欲しい。
……その時点で、だいぶキテる。
「……お前も来るか」
「へ? どこに?」
「あいつの友達んとこ。昨日はそいつん家に世話になったらしい。様子聞きに行こうと思って」
本当は授業合間の休みにでもと思っていたけれど、今日はタイミングが合わなかった。
飯食ってすぐ花椿のクラスに行ったけど、いねえし。
屋上じゃないかと女子が教えてくれて、今は丁度そこに向かう途中だ。
「お供します!」
新名を引きつれ階段を昇る。
……この素直さ、もうちょい部活に活かしてくれりゃいいのに。
そう思ったけど、今日は言わずにいてやろう。
屋上に到着。
さあどこだと辺りを見回すと、すぐに『目標』は見つかった。
他の生徒の視線を追えばわかる。
そんくらい目立つ集団だ。
「花椿」
花椿、逢坂、宇賀神。いつもの顔触れプラス、
「おっ来たねフジヤマ君……と、おお? そのチャラさには見覚えが」
「新名っす。……外見については正直あんたに言われたくねえかも」
「俺はチャラくないよ。派手だけど」
桜井琉夏。
その隣には兄も居る。
この学年の有名所が勢ぞろいといった感じだが、やっぱり今日は何だか『足りない』。
「新名君、部活頑張ってる?」
俺の一歩後ろに控えていた新名に、逢坂が小さく手を振った。
「うん、もう超頑張ってる。褒めて褒めて?」
きっかけを貰って一歩前に出た新名が、目に見えて嬉しそうに笑う。
褒められる程やってっか? お前。
思わず眉間に皺が寄った。
「花椿、笠原の具合……」
「うん、もー大丈夫。夜は熱もかなり高くて心配だったんだけど、今朝は37度台まで下がってたからね。起きたら普通にプリン二つ食べてんだもん。びっくりしたわよもう」
「そっか」
それに比べ、笠原は流石としか言いようがない。
あいつは自分のことを「人よりはタフに出来ている」と言うけど、それはそれなりのことをやってきたこらこそタフなんだ。
精神面でも、肉体面でも。
「あーよかった! さすがっすね結さん」
「お前はもう少し見習え。俺からだけじゃなく、笠原から学ぶべきことがお前には沢山ある」
何でマネージャーなんかやってんだ、もったいない。
……いや、引き込んだのは俺か。
「おーすごい。セイシュンだ。ねえ、コウ」
「……ま。不二山の言ってることはわからなくもねえな」
からかう気満々の琉夏に対し、琥一の方は意外なリアクションを見せた。
一緒になってうっとおしい絡み方してくんのかと身構えてみたけれど……これは本当に意外だ。
何か武道やってんのか?
体格も、ただ縦にデカいだけじゃねえし。
「ね、不二山君。一度聞いてみたかったんだけど」
「何だ?」
こいつ柔道やんねえかな。
と、思わず思考がそちら側に傾きはじめていたのを、花椿が止めた。
「不二山君と結って、普段どんな話してるの?」
「どんなって……別に、普通だぞ」
「や。二人の普通が全然想像できないんだってば」
何でそんなことを聞くんだろう。
花椿だけじゃない。クラスの連中や名前も知らねえ女子が似たようなことを聞いてくることがあるけど。そんなのお前らには関係ねえじゃん、ていつも思う。
……だけど今目の前にいる花椿の目には、そいつらみたいな「浮つき」がなかった。
言葉や発声こそ軽快だが、目の奥は真剣だ。冗談やからかいのそれではない。
「……その、家の話とか、したりする?」
なら俺は今、何を探られているんだ?
「……しねえな」
家の話。
家族がどうとか、そういうことか?
「全く? 全然?」
「全然。……なあこれ、何?」
「あ、いや。ごめんごめん。ちょっと気になっただけ」
「何が」
「え、何がって」
「何がそんな気になんだよ」
花椿の問いにストレートに、正直に答えるなら。
自分に甘い兄貴がいるとか。兄貴が自分に甘すぎるせいで辛口クールになった姉貴もいるとか。そういう雑談の基本情報みたいなことしか知らない。本当に。
そんなことはこいつらだって知ってんだろうし、知らなかったとしてもそれを俺の口から話すのはルール違反だろ。
「……話の内容が気になるわけじゃないの。……いや、超気になるけど、気にしない。ただ」
「……ただ?」
「不二山君が私の知らないあの子の『何か』をしってるなら、ちょっと安心だなって。そういうこと。ごめんねいきなり!」
結局何がなんだかわからないまま、誤魔化し笑いで話を締められてしまった。
安心とか。
何かとか。
何なんだよ、それは。
だけど「安心」したいということは、何かを「心配」しているということ。
だからその『何か』って何だよって話だけれど。……悪気も悪意も好奇心もないのなら、それ以上は俺も聞かない。
「……まーいいけど。……ありがとな、花椿」
「は、はい?」
「笠原のこと。誰か呼べっつったの、俺なんだ。一人で帰れるって意地はってたけど、そんなんどう考えても無理だったよな。……それに、駆けつけたのがお前でよかった」
花椿に現状の確認と、礼。
これで俺の用事は終わりだ。
何だか名残惜しそうな新名を置いて、じゃ、とその塊に背を向ける。
「不二山君!」
「あ?」
「こちらこそありがとう。……あの子の意地をへし曲げるなんて、中々出来たもんじゃないわ。さすが!」
さすが、といわれる程の手応え、俺には無えけど。結果が出てるからまあいいか。
花椿の言葉には軽く手を挙げて応え、そのまま屋上を後にした。
「嵐さん! 待ってよ!」
「別についてこなくてもいいのに」
「ひでえ! てかそんなん無理! あの集団に一年が一人って絶対無理!」
来た時と同じように、新名を引き連れ階段を下る。
「でも大丈夫そうでよかったあ。明日には出てくるかも?」
「だな。……お前今日絶対サボんなよ。大迫先生も会議で大幅遅刻。俺だけじゃ目と手が完全に足んねえ」
「わかってますよう。そのへん、空気読みますってさすがに」
「……ならよし」
笠原はあれで忙しい奴だから、部活を休むことは度々ある。
だけど学校を休んだのは、入学以来初めてのことだ。
「……あれ。嵐さん、どっか行くんすか」
「は?」
どこにいても目立つ奴が、どこを見ても居ない。
こんなことも初めてで。
「いや、二年の階通り過ぎましたけど」
……ああ、やっぱり、『足りない』。
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(11.09.14)
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