やっつけBirthday
「不二山、今日誕生日」
「……ほお」
いつもと同じ顔触れで迎えた、いつもと同じ昼食時間。
ぐだくだ食べて、喋って、さよなら。そんな感じにいつも通り終わって行くのだろうと思ってたのに。
ミヨがなんの気なしに(というにはがっつり私の目を見て)呟いた一言に、私の「日常」は「非日常」に変わった。
「ほおって……止めなよそのおっさんみたいなリアクション……」
カレンご指摘はごもっともだ。ほお。ほおって私。おっさん通り越してじいさんじゃん。
「ごめん。突然すぎてパターン選べなかった」
咄嗟の一言がそれって女子としてどうかとホント、本気でお思うけれど。でちゃったものは仕方ない。
「知らなかったの?」
梨央が、超意外そうに、驚いた表情で私を覗きこんでくる。
この顔、そして「知らなかったの?」という言葉には多分「私は知ってたよ?」というもうひとつの意味がこめられている。
ミヨはともかく(情報収集大好きだもんね)、何で梨央まで把握してるの。そんなに仲良くないじゃん、二人。
それともなに? 知ってなきゃマズいの? 男友達のプロフィールって、生きてく上で必要なデータなわけ? なぜ、何の為に……
「……しってしまったわたくしはなにかをしたほうがいいのでしょうか」
なんだか一気に食欲が失せた。
新しく開けようとしたコンビニパンをそのまま広げていたビニールに戻し(ルカにでも恵んでやろう)、パックの牛乳を手に取る。
さっき買ってきたばっかなのにもう温い。ちくしょう残暑め。
「そりゃあんたの気持ち次第だわ」
「気持ち……」
私の気持ち。……気持ち次第。 うーん。カレン様、私もっと、はっきりとした答えが欲しい。
「不二山ファンにとって今日は声をかける絶好のチャンス。……プレゼントで印象付けを狙う子もいる」
わかる。ミヨの言うこともわかるのよ。
だから余計に悩むの。
だって私ら、そういうアレじゃないし。私に下心はないんだもの。
「……付き合ってもない異性からのプレゼントって重くない?」
「またそんな夢も希望もない事を……そりゃいきなり顔もしらない子からもらうのはちょっとどきっとしちゃうけど……あ、ときめきのドキっじゃなくてね。でもあんたと不二山君の場合、距離も近いじゃない? 嬉しいと思うよ、ふつーに。」
「……そうか……そういうもんか」
距離。
距離は確かに、近い。
物理的な意味でも、それ以外でも、多分。
それなのに誕生日知らなかったんですかあ? とか不二山ファンに鼻で笑われそうだ。
でも私からすれば、それだから誕生日を知らなかったんですよ。という話。
誕生日だって個人情報。偶然知るなんてことは殆どない。
知ろうとしなきゃ知れない。意識しなきゃわからない。そういうもんでしょ、フツー。
調べてまで知ろうと思わなかったのよ。
だって、居るから。
意識しなくても、側に。
「……なんにせよ今年はもう言葉しかあげれるものがないし」
よし。決めた。
言葉途中で、一気に牛乳を飲み干す。
「さっさとあげてくるわ」
決断と行動は早いほうがいい。 ビニール袋と空パックを手に立ち上がった私に、三人はパチパチという小さな拍手と、ささやかなエールをくれた。
ゴミはゴミ箱にシュートして、本日の主役の姿を探して10分。
不二山は学食のテラスで見つかった。
奴は貪欲に飯を求める。
その読みが当たったのはいいけれど、さすがは主役だ。人気の高さを物語るように、その全方向を男友達に囲まれていた。
更にちらほらと、同じクラスらしき女子の姿もある。
手にぶらさげている小さな紙袋は手作りクッキーか何か?
ビニール袋と装備の差がありすぎる。
……近寄りがたいこと、この上なし。
「……あっ笠原! 不二山、嫁が来たぞ!」
もう放課後でもいいかと一瞬逃げに入ったのを、不二山の友達は見逃してはくれなかった。
見逃せよ、バカ。
男子の目はあからさまににやついてるし女子の目は怖いし。遠慮なく注がれる視線の波に全身がムズムズする。
「おう、どうした」
おそらく貢がれたのであろうかしわおにぎりを箸で解体しながら、不二山がひらひらと手を振る。
どうしたって、ねえ。
わかるよね、絶対わかってるよね、あんた。
「……えっとぉ……」
逃げるのは諦めて、とりあえず不二山の前にまで前進。
「お誕生日、おめでとう……ございましたあ……」
心意気だけは超土下座。
深々と頭を下げた私に、周囲の人間はええーっ? と驚きの声を上げた。
何を期待していたんだお前らは。
思わずそうつっこみたくなるような、見事に息のあったリアクションだ。
抗議の為顔をあげようと少し頭を浮かすと、びっくり。
「……なんで過去形?」
それを上から、不二山の手ががしっと押さえこんだ。
「や、過去形というか……誕生日今さっき知ったなんも用意できてないわごめんね! ……という申し訳なさがですね……」
押さえてるというか。これは。
……撫でてる?
「そりゃそうだろ。言ってねえもん」
「という言い訳は誕生日を祝われてる今この場では無力なわけでして……」
「知ってたらなんかくれたんか」
「そう言われるとそれはどうかなという極めつけの後ろめたさが」
「だろ? どのみち結果は同じなんだし、いいよ別に」
「……うう…申し訳ない」
「いいって」
頭の上から手の感触が退いて、反動でふわりと顔が上がった。
「言葉で足りるだろ。こういうのは」
目の前に、嬉しそうな不二山の笑顔。
待ち受けていた思いがけない「罠」に、申し訳なさや後ろめたさでいっぱいだった思考が、ぴたりとその動きを止めた。
……この男。
ほんっとタチが悪い。
「……ん? お前飯食ってねえの?」
あまりの天然アレっぷりに呆然とする私とお友達をよそに、不二山は私の持っていたビニール袋の口に指をかけた。
「食べたよ。これは余ったからルカにあげようと思って。どうせ今日も飢えてるだろうし…」
「……ふーん」
興味深げに袋の中を覗き込む。 ……いや、これただのコロッケパン。しかもちょっと潰れちゃってますから。
「な、に」
「これ、俺食っていい?」
「はあ? あんたまだ足りないの?」
「足りてる。けど、旨そう」
いやいや、だからこれコロッケパン。コンビニの、しかも潰れたコロッケパン。
女の子達が持ってるお菓子のが、絶対、何倍も美味しい。誕生日にこんなもので腹満たしてどうするよ。
「これでチャラにしてやるから。な?」
「いやいや、あんたが気にすんなって言ったんじゃん」
「じゃあ気にしろ」
「わあ、きたよ不二山論法」
だけど主役にそこまで言われると、拒否はしにくい。
どうせ食べれなかったパンだ。誰かの腹に入れれば本望。その「誰か」が誰かなんて、パンからすればどうでもいい事情だろう。
「くれねーの」
「あーもう、あげる。あげるよ」
「サンキュ」
白旗を振るかわりに差し出したビニール袋を、不二山は気持ち喜び気味に、それでも当然のような顔で受け取った。
あれ、これ誕生日プレゼントになるのかな? 個人的には、ノーカウントを希望。……だってあまりにもあんまりすぎるでしょ。潰れたコロッケパンなんて。絶対。
不二山グループと別れて教室に戻った私は、すぐに愛用の手帳を取り出した。
可愛げなんか全くない、使い古された赤い手帳。
皮がいいかんじに馴染んでてさあ、なんて言ったところで若者には理解されないそのよさを思わずひと撫でして味わってから机の上に開く。
開いたページは、マンスリーの9月。
部活と習い事の予定で埋めつくされたその隙間を縫うように、9月8日に赤ペンで字を書き込んだ。
「不二山誕生日」
見事な素っ気なさに、ひとりでこっそりと笑う。
特別にそうなんじゃなくて、だいたいどれも同じテンションだ。みんなみたいにシールやら何やらで飾る趣味がない。だから。
それでも目立つ赤文字にしたのは、反省と、懺悔をこめてのこと。(来年手帳の中身をかえても、ちゃんと忘れず書きうつします。絶対。 )
言葉で足りると不二山は言うけれど。言葉しかあげられなかったことを申し訳ないとか、気まずいとか、そんな風に考えてしまう私は、きっと何かをしてあげたかったんだろうと思う。
下心じゃなく、親愛の情で。
だから来年。
また来年、ね。
今度はちゃんと心から、笑って「おめでとう」をあげよう。
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誕生日ノーチェック=ヒロインスキルの欠落。
祝ってない気はするけど、もう無理矢理HAPPY BIRTHDAY!
(11.09.08)
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