04
ヒーロー、というより、鬼だった。
なまえさんを拘束していた男は、神田によって蹴り飛ばされたのである。なまえさんも僕も神田が登場するとは思わなくて、ただただ驚きで呆けていた。
「てめぇら・・・死ぬ覚悟はできてんだろうな。」
ゆっくりと男を蹴り上げた足を下ろしながら、神田は自分の周りにいる男全員を睨み渡した。男たち全員が、一歩後ずさった。
神田は一度なまえさんの方へ視線をやる。その時の目線はもちろん人を殺せるような視線ではなくて、ただただなまえさんを気遣う優し気な視線だった。
「安心しろ。すぐ片付ける。」
神田は優しくなまえさんへ声をかけると、男たちに向き直って拳を鳴らした。
神田はあれだけ数のあった男たちを指一本たりともなまえさんに触れさせることなく、僕の助けなども必要とせずことごとく地面へ伏せていった。神田は一ミリたりとも男たちに手加減をしなかった。誰かを守るために、敵を敵だと100パーセントみなした神田に、僕はとても申し訳なさを感じた。僕にはどうしてもできなかった。
神田が男たちを全て倒してしまった後、僕らは息つく暇もなくすぐに安全な場所まで向かった。町の大通りまででてきたのである。神田は、早く去るためになまえさんを抱えさえした。
活気のある大通りの端で僕らは止まり、ようやく息をついた。
「大丈夫か。」
なまえさんを下ろし、彼女の顔をのぞき込む神田。うなずくなまえさんの表情は色が戻りつつあるもののまだ青白い。
まだ恐怖が抜けないなまえさんを神田は抱きしめた。周りや僕の目を一切気にせず。彼女が本当に大切なのだろう。僕にはそれが見て取れた。あの人の姿をしたなまえさんがなのか、それともなまえさんがなのか、僕にはまだ判断が付かなかった。
なまえさんが神田の腕の中で、震えて、すすり泣き始める。きっと安心したのだろう。僕は罪悪感を本当に感じた。僕は彼女が落ち着くのを待ってから、謝る。
「本当に、すいませんでした、なまえさん。」
僕の声に神田が反応する。神田は先ほど男たちに見せていた憎しみを僕に向ける。
「もし・・・こいつに、なまえに何かあっていたら、俺は、お前のイノセンス切り落としていたからな。」
僕は、ぞくりとした。神田は僕が死んでしまう以上に何を恐れているのかよく分かっていた。それは、エクソシストではなくなって、AKUMAも救えず、誰も守れなくなること。戦えなくなることだ。
「神田さん、私は無事ですから。お願いです、神田さんの口からそんな言葉を聞きたくないんです。」
「・・・悪い。」
神田はなまえさんの頭にキスを落としながら、謝った。
「アレンさん、方向音痴のこと、あんまりいい思い出にはなりませんでしたけど、でも、全部アレンさんのせいというわけではないですから気にしないでください。」
僕は、彼女の寛容さに何も言えない。
神田はなまえさんを一度離し、彼女の顔の色をもう一度確認した。彼女の血色は幾分かよくはなっていたけれど、なまえさんの表情はまだおびえていた。
「屋敷に帰るぞ。」
神田は彼女の肩を抱いて、僕に背を向けて歩き出す。
「あ、ぼ、僕も彼女を送ります。送らせてください。」
「・・・勝手にしろ。」
神田はなまえさんを気にしてか僕を拒絶はしなかったけれど、目で「邪魔はするな」と語っていた。僕は頷いて、彼らについていく。
町の大通りを抜けて、細い路地へと入りこみ、町の外へと抜ける。そこにはひっそりとした屋敷があった。
神田は、遠くで待っていろという。ややこしくなるから、と。僕はそれに従う。
「なまえさん、改めて、今日は本当にすいませんでした。しっかり、休んでください。」
なまえさんは僕に笑顔を向けて、ありがとうと言ってくれたあと、神田と一緒に屋敷へ向かった。屋敷の中から、老齢な女性が神田に何かいう声だとかが聞こえてきたり、神田が必死で何かを言いかえしている声が聞こえてくる。素直に神田に従っておいて良かったと思った。きっと、僕がついていけば本当にややこしくなっていそうだ。
そしてしばらくして神田が屋敷からでてきた。僕の存在に気が付いて、まだいたのか、っていう顔をする。
僕がここで待っていた理由は、神田に聞きたいことがあったからだ。
「神田、一つ聞いていいですか。」
「もし、なまえがあの人にそっくりっていう話なら、だめだ。」
「そうなんですけど・・・」
「どうせ、アルマの気持ちはどうなるんだとか、なまえに失礼だとか言いたいんだろ。」
「いえそういうわけでは・・・って、君、アルマの魂があの人って、」
「知ってる。」
神田は自分のペースでずんずんと歩いていく。僕より背が高くて足も長い神田についていくために、僕はとても早めに歩いた。
「なまえの容姿は、あの人にそっくりだ。でもあれはただのきっかけだ。これでいいか。」
神田は、投げやりに僕が聞きたかったことを全て答えてくれた。
投げやりで、説明はこれっぽっちもなかったけれど、僕は神田のこの答えを聞いて、全てを理解した。
神田はアルマとあの人のことを今でも大切に思っている。でも、神田は、なまえさんのことも大切に思っている。神田ユウとして。アルマは、神田の全てがあの人のものがいいと思っているのかもしれないし、少しくらいなまえさんに分けてもいいと思っているかもしれない。アルマの気持ちは、わからない。でも僕は、神田がこれから幸せをつかむのはいいことだと思った。人は、一度に一人しか愛せないわけじゃない。僕が教団のみんなが大切なように、愛は、万人に、平等に、無限だ。
「ええ、僕が、心配していて、一番聞きたかった答えです。」
僕は神田ににっこりと笑みを向けた。もしかしたら初めての笑みかもしれない。神田は僕の方を見ていなかった。僕は神田が見ていないついでに、小さく、神田への言葉をつぶやいた。
「仲間として、僕の大切なホームの一員として、君に幸あらんことを、神田。」
「あ?」
神田は少し僕の声が聞こえたみたいだったけど、なんでもありません、といって僕は誤魔化した。
愛の目撃者(そういえばなんで、僕たちのいたとこわかったんです?)
(リナがゴーレムで、お前が黒いドレス着た金髪美女とレストランにはいってったって連絡してきた。全員に知らせてたみてぇだな。)
(町中探したんですか?)
(悪いか。)
(いえ・・・ああっ!)
(っせーな。)
(コーヒー豆!僕、買って来いって頼まれてたのに・・・!!)
(ここにある。なまえが持ってた。)
(なまえさん天使、ありがとう・・・!!)
(次あいつにちょっかいだしたら、刻む。)
perv next