04
なまえはあの人にそっくりだ。俺にあの人を見させてくれる。それは認める。
「ありがとうございます、朝早くに。」
でも、それでも半年未満のささやかな逢瀬は、過去への執着などではなかった。むしろ、未来への懸け橋。
「さ、どうぞ。」
この日、なまえと会うことへの待ち遠しさとしばしの別れを告げるためらいに揺れながら、俺は早朝のなまえの屋敷へと来ていた。なまえはわざわざ玄関先で待っていた。いつもの黒のカチューシャに、黒のドレス。今まで何度か他の色のドレスを見たことはあるが、彼女には黒が一番似合った。あの人の一番美しい姿も、黒に包まれた姿だった。俺たちエクソシストが着る、黒の団服。
彼女は俺を庭へと導く。庭へとでるドアの前で、一度俺を振り返り、準備はいいかと聞いた。
俺はただ、うなずいた。
「それでは、」
なまえがドアを開け、俺に池を見せる。
「っ。」
俺は言葉を失った。
「この花知っていますか?」
―ねえ、この花知ってる?
あの人となまえの声が、重なって聞こえた。
―蓮華の花。
「蓮華の、花・・・」
そこには一輪の蓮華の花があった。
つぼみはすでに開いて、きれいな花弁を見せている。赤を薄めたようなピンクの色をしていた。なまえがなぜ俺を早朝にここへ呼んだのか今わかった。蓮華の花は朝にしか咲かない。
「ええ。綺麗でしょう?私、この花が好きなんです。」
なまえは固まっている俺を置いて、池のそばへと歩み寄る。
「知っていますか?」
あの人と同じ、黒を着て、あの人と同じように俺を振り返って。
「蓮華の花は、泥の中から天に向かって生まれて、世界を芳しくする花なんです。」
―泥の中から天に向かって生まれて、世界を芳しくする花なのよ。
俺は自分が泣いているのかと思った。しかし泣いていなかった。俺はただなまえの方へ歩き出していた。
「早く見たいです。一面に咲き誇っているところ。」
―見たいなぁ、一面に咲き誇ってるところ。
―いつか二人で、一緒に見ることができたら・・・
「・・・ああ、俺も、俺もいつか・・・お前と、二人で。」
なまえの方へ歩み寄り、隣に立って俺は最後の言葉を言った。
「本当ですか?」
―ほんとに?
なまえは俺を見上げ、嬉しそうに笑う。ほんの少し、眉が下がっていて、切なそうにも見えた。
俺は頷いた。
「・・・でもね、神田さん。私なんとなく分かってるんです。神田さんはもういらっしゃらないんでしょう?」
「・・・・」
なまえはうつむきがちに、蓮華の花を見つめている。
「ああ。」
いうのはとても、ためらいがあったが、俺はきちんと肯定した。
「だが、いつか必ず帰ってくる。」
「本当?・・・約束、ですよ?」
「ああ、約束する。いつになっても、必ず。」
俺は、今度こそ自分から彼女の手を取った。今、俺たちを裂こうとするものは何者もいなかった。
「ずっと、待ってますからね?ずっと・・・」
―・・・待ってるね。ずっと、待ってる・・・
「だから神田さん、どうか、お気をつけて。絶対に、死なないで。」
なまえは俺の方へ少しもたれかかった。俺は彼女をそのまま抱きしめて、彼女との約束を誓った。
あやふやな愛は約束が叶ったときに、形へと。
(お嬢様ーーー!!!)(ばさっ、ばさっ)
(って、何しやがる!)
(お嬢様から離れんかい!この、このっ)
(くそっ、その竹箒、へし折ってやる・・・!!)
(この様子を見なくなってしまうのは、少し寂しいです。)
perv next