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まっすぐみつめて

来るとも限らないものを待つのがどれほど苦しいことか、私の気持ちがよくわかったと神田は言った。

「私そんなに苦しんでないよ?」

と茶化すと、神田は機嫌を悪くしたようで眉間に皺を寄せて沈黙した。

「ごめん、心配かけたよね」

「何が起こったか、わからなかったからな」

私はイノセンスによってしばらくの間、夢を見せられていた。
私が"彼女"を描き始めたときから、手放し、もう一度私と再開するまでの"彼女"の記憶だった。
いつイノセンスが宿ったのかさだかではない。けれど"彼女"はずっと私に描いてもらった絵を誇りに思い、多くの人を魅了させたいと強く思っていた。でも、新しい所有者は、独り占めした。"彼女"はただ一人を満足させるために動き、だんだんと疲弊し、さらには所有者まで疲弊させていった。そして私に触れられて、再開を喜び、これまでの自分の歩んだ道を訴えるために夢を見せた。

「あのとき、手放すべきじゃなかったのかも」

私は独り言のように呟いた。

「"彼女"は大勢を感動させたかったの。描いた私を誇りに思ってくれていて、それを皆に自慢して回りたかった。手放す前、教団に飾ったらどうかって話もあったのだから、手放さなければ"彼女"は大勢に囲まれて思いを遂げられたのかもしれない」

「……そんなん、今更言ってどうなる」

「そうよね。神田のいう通り。だからね、いまからじゃ遅いかもしれないけど、教団でこの絵は引き取ろうと思う」

「ああ、そうすればいい」

神田は私の手をとって、両手で包み込んだ。
今まで知らなかった神田の一面が、手の温もりを通して伝わってくる。

「……なあ」

手の方を見つめていたら、神田に呼び掛けられ、そちらを見上げた。神田は呼び掛けたわりには視線は手元に下げていて、迷いや躊躇いが感じられる。

「俺は絵を見ても、何も言えない。本当にそれでいいのか」

「言ったでしょう。見てもらえるだけで、それでいいの。言葉にしなくても、神田に何かを感じてもらえれば、私は満足だよ」

「…………」

神田は私の手を少し強く握った。まだこちらを見ない。覗き混もうかと思ったけど、やめた。代わりに、私は言葉をかける。

「もし神田が、絵を見て、何も言えなくても、何も感じることがなかったとしても、それでもいいのよ。私は、神田のことを嫌いにならないから」

神田がようやく顔を上げた。

「私はあなたの強くて美しい心根が好き。いつも、まっすぐ見つめてくれるところが好き。だから、絵の感想とか、そんな些細なことで嫌いになったりしないわ」

神田も私のことを好いてくれていると期待して言った。神田は、目を見開いて聞いている。

「帰ったら、絵を見に来て」

笑いかけると、神田はうなずいた。突然の告白に驚いて固まっているのか、言葉は一言も発しなかった。

そのまま、一言も発しないまま私たちは教団へ帰還した。



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最初は、純粋に、ただ見たい、と思っていただけだった。たった一つの宝物を見つけたみたいな目で舞い散る花びらたちと風が織りなす風景を見つめていた彼女が生み出すものなら、なんだって美しいに違いない。俺は、彼女と彼女が生み出すものを見たかった。いや、どちらかというと、美しいものをみて、瞳を輝かせる彼女を見たかった。

だから絵の感想を言うことになるだろうと思い至った時、絵のことなどさっぱりわからない自分には何も言えないことに気づいた。気の利いたことを言うどころか、彼女を傷つけさえするのではないかと危惧したのだ。そして、自分が見たかった彼女の笑顔が損なわれることにある種恐怖したのだった。

いっそこのまま見ないほうがいいのではないか。彼女が、あの絵を手放すまで、ほとぼりが冷めるまで避け続けよう。そう決めて、行動していた。そのほうが彼女を傷つけずにすむ。

しかし、彼女の作品が見せた、彼女の願望は、俺に絵を見てもらうこと。そしてそのときの俺の表情をみることだと分かって、驚いた。彼女にがっかりさせまいと、願望ですらもみるのをやめさせた時の彼女の涙を見て、いかに彼女を傷つけていたのかを知った。

今度こそ、しっかりと彼女に向き合おう。もう一度、約束を果たそう。



好きだと言ってくれた彼女に、絵をみて、今度は自分から言うのだ。








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