>>驚き戸惑い
私のみの大イベントが起こったのは、神田君に私が書いたものを見せてから、三日後のことであった。
そのとき、私はミランダ先生の手伝いで、本を片付けていた。私が片付けようとしていたのは本棚の一番上の段で、あとちょっとで本が片付けられそうなのに、届かない、と背伸びをしていたところに、後ろから影が近づいてきて、私がしようとしていたことを代わりにしてくれたのだ。感謝を述べようと振り返ったら、そこにいたのは神田くんだった。本棚と神田君によってほぼ三方向を囲まれてしまい、私はとても驚いた。驚いた、というより、なんだこの少女漫画シチュエーションは、と客観的に分析している自分とドキドキしている自分が乖離してしまい、くっつけるのにあたふたした。神田君はそういう"少女漫画的おいしい展開"を意識せずともやってしまう人だった。

神田君は、演劇部で私の書いたものについて話し合うために三日間を費やし、その結果を報告しに来たのだ。

「演劇部で話し合ったが、きちんとあんたの作品を使わせてもらうことになった。」

作品なんておこがましい、と思ったけれど、私は何も言わず頷いた。
神田君に感想をもらったときよりかは少なかったけれど、私は嬉しさと安堵をかみしめていた。

三日間神田君を待っている間、ほかの演劇部の人が私の書いたものを演劇に使いたいと思うのだろうかと、私は心配しながら待っていて、それが三日目にもなると、だめなんだろうなと思い始めていたからだった。そして神田君から、正直な感想をもらえたこともあってか、自分の書いたものに自信がついたのは確かで、だからそれが認められないとなると、また自信がなくなってしまいそうで、ちょっと怖かった。

「ありがとうございます。」

私は神田くんだけじゃなくて、他の人にも伝えてほしいなと思いつつ神田君にお礼を言った。

「それで、これからあんたの作品を、演劇として作っていくんだが、作者であるあんたに参加してほしい。」

予想していたことだったので、慌てずに済んだ。

「私、演劇経験ないんですけど大丈夫ですか?」

「ああ。全体的にはこっちが主導でするから。気になったところがあったら、言ってくれると助かる。脚本も、登場人物のセリフ回しとかはできるだけあんたの意見が欲しい。ただ、こっちも全力で作るから、それには応えてほしい。」

「わかりました。」

わかりましたと言ったけれど、正直自信はなかった。
しかし神田君が熱意をもって演劇を作ってくれるのだから、私も感謝の気持ちをこめて、それに応えなければ失礼だし、そうしたいと思った。



*



私は、自分の妄想力が異常すぎて、幻覚を見ているのかと勘違いした。
目の前の神田君の、なんと清らかなこと。光源氏にも匹敵するのではないだろうか。新しく何か書き始めれそうな気がしてくる。

現在、神田君の発声練習の見学中である。何よりも神田君の声が私の琴線に触れるのだけれど、そこに理想的なビジュアルが加わるとなんとも言えない。録音したい。でもやっぱり生の声が一番。

演劇部の他の女子たちも、ひっそりと神田君を覗き見ている。私は見学という名目で神田君の近くにいれるが、彼女たちは本来なら別の作業をしなければならないからだ。
他の女子たちも、やはり神田君の良さを分かっていたんだなと思うと、私はなんだかうれしかった。私からすれば神田君というのは、アイドルのような存在である。一人のファンとして、本当は神田君の良さを彼女たちと共有したかった。

「終わりだ。」

「あ、はい。」

発声練習が終わると、神田君と私は、黒影会館の中の大会議室へと移動した。
黒影会館は、大会議室、西小会議室、東小会議室とあって、演劇部が普段使っているのは大会議室だった。彼らは最初に各々で発声練習をしてから大会議室でいろいろなことを行うそうだ。
今日は、神田君が私を迎えに来てくれたので、一番最後に発声練習をする人になってしまったようだった。

「こんにちは。」

ドアを開けられて、私は挨拶しつつ入った。少し緊張していた。
大会議室には、10人から15人ほどの人がいて、多いかどうか私にはわからなかった。裏方含めてすべて自分たちでするとしたら、少ないのかもしれない。

「こいつが俺が提案した作品の作者だ。」

神田君が皆に私を紹介する。作品とか作者とか、私にはやはり似合わない。確かにそのように言うしかない気がするけれどもだ。

「はじめまして。古市怜唯です。よろしくお願いします。あ、えっと、演劇のことはあまり詳しくはないので、いろいろと教えてください。」

かしこまって挨拶をしてから、私は頭を下げた。顔をあげると、一番に女の子がよろしくと返してくれた。

「私、部長のリナリーよ。よろしくね。」

彼女は私と同じ二年生らしい。ちなみに、神田君も同じ二年生だった。演劇部では二年生が主に活動していくらしい。三年生は、受験のために、自由参加だそうだ。役者をするとなると、きちんと練習に参加をしてもらうようだ。
それから、私からみて左から順番に各部員が紹介されていった。覚えきれない、とぐるぐる頭が混乱する。

「たぶん一気に覚えられないだろうから、徐々に覚えてね。」

「あ、ありがとう。」

図星だったので、私はちょっと苦笑いした。

「それで、さっそくなんだけど、今みんなで脚本の話をしていたのよ。」

リナリーさんは、てきぱきと今日の演劇部の活動へと移っていった。今は、だれが小説を脚本に起こすのか、どのように進めていくかを話し合っていたらしい。

「一度こちらで脚本を作って、古市さんにみてもらって修正していくっていうやり方を取りたいっていう風にまとまったんだけど、それで大丈夫?」

「あ、はい。そのほうが私もいいと思います。」

「ありがとう。脚本を書くのはラビだから、いろいろと話し合ってね。」

「はい。」

挨拶をしようと思って、探したが、ラビくんはいなかった。赤い髪が印象的だったので、覚えていたのに。どこだろうと思って振り返ると、すぐ目の前に現れた。

「っ!!」

「よろしくさー。」

飛び上がって、それからバランスを崩してよろめく私の腰に手をまわしてラビくんは片手で支えた。
本日二度目の"おいしい"展開である。乙女ゲームさながらの内容が作れそうだ。

ラビ君は、神田くんとはまた違う種類の美形である。瞳は美しい緑色をしているのだが、そのほかは、まさに現代に生きるイケメンという気がした。
発声練習の時、神田君のことを光源氏のようだと表現したように、神田君は風流さを感じさせる美形である。一方ラビ君は、優し気なたれ目にも関わらず、くっきりはっきりした目鼻立ちのおかげか、全体的に派手さを持った顔だちだ。そこに赤毛も加わって、なお一層派手な感じがする。

神田君は一本の花が優美に輝いている姿を連想させ、ラビ君は大輪の花が咲き誇る姿を連想させた。

「ありがとうございます。あと、よろしくおねがいします。」

体制を立て直して私は挨拶をした。ラビ君はにこにこと笑っていた。
私はそんな彼を見上げていたけれど、その首の角度がとても急なことに気が付く。ラビ君が背が高いということもあるが、距離が近いせいだ。その原因は、体制がたてなおってからも腰に回ったままのラビ君の腕であった。
ラビ君はきっと、他の人にもこうなのだろう。その慣れた手つきから、私はそう解釈してそっと抜け出そうとした。しかし意外とホールドが固い。

「一度脚本ができないことには何もできないから、二人は話し合いから抜けて構成について話し合ってきて。残りの人たちは、それぞれ役割を決めていくわ。」

「は、はい。」

不思議に思っているところに、リナリーさんの指示に返事をする声が聞こえて、私はつられて返事をした。

「じゃあ俺らはそっちで話すさ。」

ラビさんは軽やかに私の腰に手をまわしたまま私をエスコートした。私は戸惑うばかりである。ラビ君は、とても人懐っこい人なのだろうか。

結局、構成の話し合いをしているときも、ラビ君は何かにつけ肩どころか腕が密着する程の距離に近づいてくるので、なんだか困った。私のパーソナルスペースはもう少し広いのだけどなあとつい思ってしまうのであった。

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