>>棚から牡丹餅
「先生、脚本集見つかりましたよ。」

散々探して、ようやく脚本集を見つけたときは、声を張りたくなった。けれど図書室なので、声を落として、姿の見えないミランダ先生をよんだ。

「見つかったのか。」

ふいに後ろからのぞき込まれ、かつ耳元で響く声のせいで、腰が砕けるかと思った。
ミランダ先生は私よりは背が高い。しかし私を打ち震えさせる声は、他でもない、男の人の声。まさに、演劇部の彼の声である。

彼は私の手からするりと脚本集を抜き取ると、ぱらぱらと中をめくった。身長が高すぎて、顔が見えない。私はそっと視線をあげて、脚本集を眺める彼の顔を見た。

綺麗、とため息をつきたくなった。男の子にしてはなんとも長くつややかな髪、そして美麗に吊り上がった瞳を縁取るつややかなまつ毛。薄く形の良い唇。透明感のある赤子のような肌。これで女だと言われても、私はきっと納得する。
しかし少し視線を下げれば、白いシャツ越しにでも、男性らしく、程よく鍛えられた体の線を確認できる。足はすらりと長く、モデルをやっていてもおかしくなさそうだ。

「探していたのはこれだ。助かる。」

「えっと、よかったです。」

私は彼の声の一粒一粒に感動した。こんな間近で聞けるとは思わなかったのだ。発声練習ばかり聞いていて張りのある声しか知らなかったせいで、落ち着いた物腰の声は背筋をつうっと撫でられたみたいだった。
立ち去る彼の後ろ姿は、定規が入れられているのではないかと思うくらいまっすぐだった。



*



彼の姿を初めて見た日から、ずいぶんと日が経った。私は早く彼が本を返しに来てはくれないかと毎日そわそわしながら勉強していた。勉強はほとんど手につくはずもなかった。
図書室の、スライド式のドアが開ける微音が聞こえるたびに、つい顔をあげてしまう。

「古市さん、演劇部にお友達はいないの?」

ミランダ先生にそう聞かれた時はびっくりした。

「どうしたんですか急に。」

「だって、あんまりにもそわそわするから、こんな私でも何かできないかなって。」

私は頬を赤らめた。

「ミ、ランダ先生気づいてたんですか。」

「あ、あのごめんなさい、不快にさせるつもりじゃ・・・」

「いえ、そうじゃないです。」

ミランダ先生はちょっとほっとした後、にこりと笑む。

「それで、私は演劇部に友達いないです。」

「そう・・・残念ね。」

「ここにいたら、声が聞こえるからそれだけでいいんです。」

私があんまりにも望まないので、ミランダ先生はちょっと歯がゆそうだった。

「でも・・・ああ、そうだわ!古市さん、この間書いていた物語を脚本にアレンジしてみたら?そうして、あの男の子に見せたり・・・」

「ミランダ先生知ってたんですか・・・!?」

「ああ!ごめんなさい、別に悪気があったわけじゃないのよ!」

「中身、呼んだんですか・・・・!!」

「いえ、そんなには・・・」

私はほっと息をつく。あんなの、本来見せれるものじゃないのだ。

「先生、あれはただの趣味ですから、そんなのできませんよ。」

「でもとても面白かったわ。特に主人公の友達の神田君がとてもかっこよ・・・ち、ち違うの!」

「先生読んでるじゃないですか・・・!」

「ごめんなさいぃぃ・・・!!」

私は、あんまり怒ってるつもりないのに、と心のどこかで思いつつ、大げさに謝るミランダ先生を許した。

と。

「すいません。」

私はばっと振り返った。ミランダ先生と話していたのは、司書室の入り口の近くで、カウンターの様子も見えるはずなのに、すっかり二人とも周りを見ず話し込んでいたのだ。
しかも、その声の持ち主は、演劇部の彼だった。

私とミランダ先生は慌ててカウンターに出た。

「ごめんなさい、気づかなくて。」

と二人して謝る。

「あ、返却ですね。」

演劇部の彼から差し出された本は、この間私が見つけた脚本集。当たり前だ。だって貸し出し記録の合計にはまだこの一冊しか表記されていな・・・・。

「か、神田!?」

私は表示されている名前に驚いた。目の前の演劇部の彼もちょっと驚いている。

「あ、あなたの苗字、神田っていうんですね・・・ちょっと、この間読み終わった本の主人公がその人で・・・」

適当な言い訳を取り繕って、返却された本を、後ろの棚に置いた。後ろの棚は、あとで本棚に戻すための仮置き場だ。

「・・・なあ。」

「はい、」

返却が終わって、帰ると思われた演劇部の彼・・・もとい神田ユウ君は、帰らず、しかもわたしに声をかけてくれた。

「物語書いてるって本当か?」

「っっっ!!」

私はとっさに体ごとカウンターの下に隠れた。ミランダ先生も神田君もびっくりだ。

「おい、」

声をかけてくる神田君に、今は反応すらできない。しかし少し落ち着きだすと声をかけ続けている神田君の声にほだされていってしまう。結局私は神田君に従ってカウンターから真っ赤な顔をのぞかせる。

「なんでしょうか・・・」

「その物語、見せてほしい。」

私はとっさに首を振っていた。だめだ。あんな趣味で書いたようなものを、渡すわけにはいかない。

「頼む。」

しかしやはりこの声に強固な感情がほぐされていくのだ。私は彼の声に弱すぎる。

「・・・今日は、持ってきてないので・・・」

「なら明日か。明日も図書室にくんのか?」

「はい・・・」

「なら明日、またここに来る。」

と言って彼は去っていった。私はもう一度カウンターに身を隠した。

こんな急展開、あり得るんだろうか。

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