きっと最後は手を伸ばす | ナノ
きっと最後は手を伸ばす
レウは初めて鳥のように飛んだ。リナリーに抱えられての飛行である。
たまたまケイが、鳥のように飛んでみたいと呟いたレウの言葉を聞いていて、リナリーに頼んでくれたのだった。リナリーは快くレウを抱えて空を飛んだ。
それまでリナリーに苦手意識を抱いていたレウは、瞬く間にリナリーを尊敬し、自分から話しかけるようになった。

以来、レウとリナリーは二人で並んで歩くことが多くなった。任務も進んで行く。教団内の人間は、二人の美女が揃っている姿を神々しそうに眺めていた。

ある日問題が起こった。
レウが初潮を迎えたのだ。

レウは教団に来てまだ日が浅い。実は入団から一ヶ月も経っていなかった。

人間の姿を取るようになって、リナリーと仲良く過ごすようになってから初潮を迎えたのは幸運なことだった。自分の体からの出血に驚き、不気味がり、取り乱したのは最初だけで、リナリーがゆっくり丁寧に月経とはどういうことかを説明するとレウは納得して落ち着いた。

月経を迎えたことで、レウには一つの疑問が沸き起こった。

「人間は、いつ発情する?」

人間が子供を作る時の仕組みを懇切丁寧に教えられたので、レウは月経以外の時に人間の男と交われば子供ができることを理解した。しかし一つ、理解できないことがあった。
月経前に、卵子というものがレウのお腹の中にやってきて、男からもらう精子を待つ。では、その待っている間のいつ発情期はくるのか。レウには月経前に自分が発情した記憶は一切なかった。しかし月経は来た。人間には、発情期がないのか。

発情、とレウの口から出て来た言葉にリナリーは困った顔をした。

「えーっと……ごめん、レウよくわからないわ」

レウは自分の記憶を頼りに話した。

「ライオンは発情期に、子供をつくる。発情期以外は、つくらない。ライオンだった時は、発情期がちゃんとあった。でも今は、月経前には、発情期がなかった」

レウがはっきりと説明をすると、リナリーは少し戸惑いつつも答えた。

「えっと、たぶん人間には発情期は無いわ」

「じゃあ、いつ子供つくる」

「そうね……」

リナリーは優しげな笑みを浮かべて言った。

「まずは、人を好きになって、それからその人と結婚して夫婦になったらつくるのよ」

「人間は、好きじゃない」

レウは人間自体は好きではない。ただ、人間の中でも教団にいる一部は嫌いではなかった。特にケイはずっと寄り添っていたいと思えるくらい嫌いではなかった。

「みんなのことを好きになる必要はないの。ただ、みんなの中から誰か一人、好きな人がいればいいのよ」

「ケイ?」

「好きには色々あってね、レウ」

リナリーはどう説明しようか迷っている様子である。レウはじっと待つ。ケイがレウにいろいろと教えてくれたとき、ケイはあまり説明が上手ではなく、レウは待たなければいけないことが多かった。そのため彼女は待つことには慣れていた。

「例えば、ケイと子供つくりたい?」

レウは首を振った。

「ケイは、一緒にいて守る」

「そんな感じで、好きでも、子供をつくりたいって思える好きと、守りたいっていう好きがあるのよ。守りたいし、子供もつくりたいって好きもあるのよ」

子供をつくりたい好きと守りたい好きがあって、その二つが合わさった好きもある、といわれてレウは少し混乱した。

しかしふと、例が思いついた。それはクロである。

レウにとってクロは強く美しく気高い。肉体的な強さだけでなく孤高の強さを持っているので、レウには理想的な雄に思える。クロの子供をつくりたい。
守らなくてもよさそうなくらい強いが、たまに無性に傷つけたくない、と思うときだってある。
以前、レウが大怪我をして暴れたとき、押さえつけられ、額を押し付けられたとき、レウがぴたりと動かなくなったのは、その思いからだった。
とても大事そうにレウを扱おうとしてくれているのが分かって、暴れて傷つけてしまいたくないと咄嗟に思ったのである。

それ以来、同じ任務になるとケイと同じようにクロも守ろうとしてきたのであった。

レウはすでに好きな人を見つけていたということになる。

「じゃあ、クロ」

レウはすぐさまリナリーに言ってみた。リナリーは驚いたように目を見開いてから、意味を理解するや否や、顔を輝かせた。

「そうだったのレウ!」

リナリーはそれからしばらく、しきりにクロのどこが好きなのか聞きだそうとしたがレウはうまく説明できなかったし、早くリナリーに子供をつくる話の続きが聞きたかったので、質問をするリナリーをきちんと突っぱねて話の続きを質問した。

「一人の人間が好きだ。そうしたら、どうやって結婚と夫婦する?」

「結婚はまだ早いわ」

「なんで」

「誰かを好きになって、相手も好きじゃないといけないの。それに、お互い好きでも、恋人になってから結婚をするの」

「恋人って?」

「付き合ってる人たちのことよ」

レウは首をかしげた。付き合う、とはどういうことなのか分からなかったからだ。結婚をすれば子供がつくれるという。でも結婚をする前に恋人にならなければいけないという。しかし恋人というのはいったい、子供をつくるためにどんな役割を果たすというのか。

「あ、ライオンには恋人っていう概念がないのかしら」

リナリーの呟きが聞こえて、レウは視線を彼女に戻した。

「レウ、結婚って言うのは死ぬまでずっと一緒にいましょうっていう約束なの。だから死ぬまでずっと一緒にいれるような人を探すために、恋人になるの。恋人は、死ぬまでずっと一緒にいなくていいから」

「じゃあ付き合うって何をする?」

「そうね、まずは手をつなぐわね。それからキス、かな」

レウはなんとなく理解してきた。人間は子供をつくるためにはたくさんのことをしなければいけないらしい。ライオンは成人そし発情すればすぐに群れの雄と交わるというのに。

レウは自分の子供が欲しい、家族が欲しいとずっと思っていた。だから人間のようにたくさんのことをしなければいけないのがわずらわしく思えるのであった。


予感していた一歩の訪れ、上


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