「ライオンは狩りをして生きるからね、大きな怪我は直接死につながることなんだよ」
狩りをして生きる動物は、怪我をすれば狩りができなくなり、食事を手に入れられなくなる。単独で行動する虎は特にそうだという。
ライオンは群れで行動する分、幾分かそのリスクは減る。治る見込みのある怪我であれば、他の仲間が持ってきた獲物を分け与えてもらえるからだ。しかし治る見込みのないものはすぐさま群れから外される。待っている結果は、死だ。
レウは今回、初めて大きな怪我をした。治療をしなかったらきっと、死んでいたような怪我だ。回復には絶対安静が必要だという。
レウは任務先の近くの病院に搬送され、そこで一命をとりとめた。一週間ほど昏睡状態が続いたのち、目を覚ましたという。
そこで問題が起きた。レウは普通の人間なら痛みで動かせぬ体を動かそうとしたのだ。病院の医師らは止めようとしたものの、そうしようとするとレウは抵抗し自分が動けることを主張したという。怪我をしているにも関わらず彼女の力は男の医師らを上回った。
一般人には手に負えないと判断し、レウはすぐさま教団に移されることになった。薬によって彼女を眠らせ、体をベッドに縛りつけて移動させたらしい。
「おそらくレウ君は、大きな怪我をしてしまったから、仲間から外されると思ったんじゃないかな」
ライオンとして生きてきた彼女が、ライオンの生き方をするのは当然のことだった。ケイがいくら彼女に人間のことを教えても、彼女からライオンの性を消し去ることはできるはずもない。そもそも彼女が人間のことを覚えるのは、人間として生きることを決めたからではない。ケイに寄り添うためだ。それ以外はライオンのままだといってもいい。
「あいつはケイと離れるとでも思ったんだろ」
神田はコムイの言葉にそう返した。レウが仲間として認識しているのは、きっとケイだけだという意味を込めて。
「今のところ、彼女が心を許してるのは、ケイ君ぐらいだろうからね」
神田の言葉に賛成の意味を込めた言葉がコムイから返され、神田は自分で言ったことに賛成意見を得たにもかかわらず、自分の機嫌が悪くなるのを感じた。コムイはその神田の様子を知ってか知らずか、こう続ける。
「でも最近は、神田君も彼女と打ち解けてきているように見えるよ」
ところで神田とコムイのいる場所は、実はレウが眠っている病室である。彼女は運び込まれてきたばかりで、未だ眠っている。拘束具はつけられたままだ。コムイはレウの様子を見に、仕事で多忙な中彼女の病室を訪れていた。神田はたまたま任務帰りにレウが運び込まれるところに合流し、そのままついてきた。普通はここでケイがやってきてもおかしくなかったが、生憎ケイはリナリーとの任務に向かったばかりであった。
「彼女を落ち着かせる役目にはケイ君が一番いいのかもしれないけど、僕は神田君の方が適任だと思うよ」
「は?」
一体なんの話をしているのだと、神田はコムイを見る。コムイは眠っているレウを見つめながら、言葉をつづけた。
「彼女が目を覚ましたら、誰かがレウ君を見捨てはしないと教えなくてはいけないだろう?神田君にそれを頼みたいんだ」
コムイは神田の方をみた。思いのほかコムイは真面目に話していて、本気で神田がレウを落ち着かせられると考えていることがうかがえた。
「……わかった」
コムイは神田にレウの対処について全てを任せ、病室を出た。
神田はたったままだったので、レウが起きるまでベッドの脇にある椅子に腰かけておくことにした。薬の効果はあと数分ほどで切れるらしく、レウが目覚めるまでそれほど待つ必要がないので、神田はただじっと待つことにした。
約十分後、レウは目を覚ました。ゆっくりと目を覚ましたレウは薬の効果が残っているのかぼんやりとしており、ゆっくりとあたりを見回している。それから自分に拘束具が付けられていることに気が付いて、顔をしかめた。
「てめぇが暴れるから、んなもんつけられてんだよ」
自業自得だ、という口調で神田はレウに話しかけた。レウはそこで神田の存在に気が付いたようだった。
「……私は、動ける……!」
といって拘束具を解こうと暴れだすレウ。神田はレウのその様子を止めずにしばらく観察した後、彼女を押さえつけた。
「っ……」
神田の力強さに驚いたのか、それとも体に走った痛みか、レウは息をのむ。神田はレウを押さえつけたまま、ごつりと彼女の額に自分の額を押し付けた。
神田はこの額を合わせる行為になんの意味があるのかは本当の意味はわからないが、レウに何かを伝えようとするときにこれが有効だと知っていた。
「安心しろ。お前はこの聖戦が終わるまでここで一生戦い続けんだ。ケイも、お前も、俺も。どんなに怪我を負おうが、死にかけようが、ここから逃れられない」
普通に「お前を見捨てたりなどしない」と言えないのが神田である。
教団に対する皮肉交じりの言葉がどれほどレウに伝わるのか、伝わらなければ今度こそきちんとした言葉で伝えなければならない、と考えつつ、神田はレウの瞳をじっとのぞき込み続けた。レウがそれで安心しなければ、動こうとするかなにか言葉を発するだろうという予測のもとに、待ち続ける。
レウの瞳は、最初はぎらついていたものの、だんだんとそのぎらつきは収まりだし、ゆっくりと穏やかに光りだした。神田はレウが落ち着いたことを悟り、彼女を押さえつけるのをやめ、つけていた額を離す。
「どうして?」
レウはきちんと神田の言いたいことを理解していたようだ。しかしそれでも、ライオンであった自分の価値観と照らし合わせて考えているようで、なぜ、というところがわかっていなかった。
神田は自分の言葉で説明するのが気恥ずかしかったが、ここにはレウしかいないのだから、と話すことにした。
「お前が仲間だからだろ」
「でも、」
「ライオンの仲間と、人間の仲間は違ぇよ。……面倒くせぇ……が、憎みきれない奴のことだ」
「……それは、いい意味?」
「……まあ」
こんなことを言うのは自分の柄ではない、と神田が感じてレウから顔をそらしたとき、彼女の方からぷっ、と噴き出す音が聞こえた。驚いて神田が顔をむけると、レウが笑っていた。声をあげて笑っていたのだ。今までケイの前でも声を上げて笑ったことのなかったレウが、神田の前で笑っている。
何かが無性にこみあげてくるのを神田は感じた。飛び上がってしまいたくなるほどの高揚感が神田を支配していく。それでも、レウに笑われたことには変わりはなく、神田は表面上だけ自分が彼女の笑い声を不快に思っていると表情で示した。
レウは笑いが収まった後、笑みつつ口を開く。
「面倒なのに、いい、のが面白かった」
これがレウ以外に笑われて、しかも自分の言ったことを面白がられていたのなら、きっと神田は抜刀していたはずだ。しかしレウのその笑みと、初めて声をあげて笑った姿に、怒りなど到底湧き上がるはずもなく、むしろ神田は珍しく笑みを返していた。
なんてやわらかな日