cold body/hot heart | ナノ

▽ 凛乎3


部屋の中には、うなだれながら宙に浮く、半透明の人間が複数いた。それぞれこぶし大ほどの光る玉を心臓に当たる部分に持っている。うなだれた人間はすべて気絶しているかのようにかっくりと首をうつむかせ目を閉じている。

最初はその光景に目を奪われた神田だったが、すぐにその周囲を見渡した。
先に目に飛び込んできたものにばかり注力はしていられない。ざっと見渡すと、薄ぼんやりとした人間の下にも倒れている人間がいた。浮かんでいる人間とはどの顔も一致しない。

「下の人達……はAKUMAですね」

娟が言った。神田はその言葉で一つの仮説を立てる。

「このAKUMAたちはここに入り込んで、中の魂をイノセンスかなにかによって抜き取られて固定されているみたいだな」

この仮設ならば、娟が部屋に入る前に言っていた、嫌な感じと不思議な感じも筋が通る。
とすれば、どこかにイノセンスがあって然るべきだ。

もう一度、詳細に状況を観察する。

「……奇妙な点はないかさがせ」

自分だけでは見落としがあるかもしれない、と娟にも周囲への観察を促す。

「奇妙な点、といえば……浮いている人がひとり、多い、ような」

すかさず娟が気づきを述べる。言われたとおり、数えてみると人数が確かに違っていた。

「中央の方の浮いている人は、不思議な感じが少し強いような気がします」

どうやら、実際に数えたというより、気配で娟は人数差に気づいたようである。娟の気配察知能力に舌を巻きながら、神田は奥を注視した。

神田にもよく観察すると中央の人間の特異さがわかった。中央に浮く女性は心臓に持つ光る玉の輝きがわずかばかり強いことが肉眼でもわかった。そしてその人間から、よく注力しなければ見えないほどの細い糸が各人の光る玉に張り巡らされていた。

この細い糸がおそらく、AKUMAに内蔵された魂を固定しているのだろう。

神田は試しに一人AKUMAを破壊してみた。上の魂がすうっと天に昇るかのように消えていく。
それ以外は特に何も起こることはなかった。気のせいか、わずかばかり光る玉が輝きをました気もする。

「とりあえず今のうちに下のAKUMAぶっつぶしとくか」

イノセンスを獲得する前に、さきにAKUMAを潰しておこう、と神田はすべてのAKUMAを六幻で破壊した。解き放たれたかのように天に昇り消えていく魂たち。一人消えるごとに、中央の人間の光る玉が輝きを増していった。

そして最後のAKUMAを破壊し終えると、光る玉は一度キラリと光りを放ち、イノセンスの形へと収束していった。

すると先程まで目を瞑っていた人間がぱちりと目を開けた。

先程まで意識が深い場所にあり、表層に浮き出てきたかのように、見えた瞳は最初は暗く、だんだんと光を持ち始めた。
光を取り戻した目は静かに、神田たちを見下ろしていた。

「彼、は無事ですか……?」

女性の発した第一声はそれだった。柔らかく小さな声はやや低めである。

「彼ですか……?」

娟が女性の事情を聞いた。

「セオ、セオという人……」

恋人かなにかだろうとあたりはつくが、そのような人間は出会っていない。

「そいつはしらない。俺たちはお前が心臓にもっているイノセンスを調べに来た」

相手の事情に寄り添う義理はないので自分たちの要件を伝える。

「これは、イノセンスというのですね……。一度死んだ私に、意識を与えてくれたもの……」

女は説明した。

どうやら、ここ、Lost souls alleyは女の力によってAKUMAが破壊されていたらしい。

気づけば館で半透明な霊体と意識をイノセンスによって取り戻した女は、AKUMAが近くにいる間は眠りにつき、知らぬ間にAKUMAの魂を解き放っていたようだ。いつからかその噂を聞きつけた恋人が現れ、この館で時間をともに過ごすようになったという。AKUMAが現れるとき、恋人は別の場所に避難し、AKUMAが破壊されるのを待つという。
このAKUMAが破壊される時間というのが、半日ほどかかるという。

ここまでの説明を聞けば、イノセンス適合者といえなくもないが、彼女はここからは動けないという。ただイノセンスの力の一端によってこの場に霊体として姿を保てているだけで、適合者というよりは、イノセンスの自衛の駒として使われているようだった。実際、自らの意思でイノセンスは発動できないし、状況的にどうみてもイノセンスが主で女が従だ。

適合者であれば連れ帰るが、そうではないならばイノセンスを取り、すぐに帰還する。

その旨を伝えると、女は哀願した。

「あなた方が望むのであれば差し上げます。ですがお願いです。せめて最後にセオにあわせてください。ひと目でいいんです」

「どのような方ですか?」

神田が人情もくそもない返答をしようと口を開きかけたところ、娟に先んじられる。
普段よりもやけにはっきりとしゃべる娟に、いつもの様子とは少し違った感じを受けて、神田は少し成り行きをみることにした。

「茶髪で、青い目をした人……腕にシルバーのブレスレットをしています。近くに……」

娟はすぐにファインダーとゴーレムで連絡を取り合った。
ファインダーが保護しているであろう人間の特徴を確かめると、こちらに連れてくるよう指示をだす。

「セオ……!」

「アイラ!」

お目当ての人物はすぐに見つかったようだ。引き合わせると、触れ合えないながらに二人は手を伸ばしあい、涙しあった。

「無事でよかった……」

「君こそ、無事でよかった。いつも、不安で仕方がない。僕を守ってくれて、ありがとう。君にはいつも守られてばっかりだ」

「そんなことない……」

二人はひとしきり互いに感謝しあった。そして、アイラが神田たちと交わした話の内容を伝えると、セオは涙を流し始めた。

「アイラ、どうして君がこうして僕のもとに戻ってきてくれたのかはわからない。でも、なんだっていい。僕のそばにいてくれないか。それは許されないのか」

流れる涙をそのままに、二人は至近距離え見つめ合っている。切実なセオの訴えは、アイラの眉尻を下げさせた。

「無理だわ……だって私はもう死んでるのよ」

「でもここにいるじゃないか、こうして話ができている」

「私とセオでは、もう一緒にはいられない。もう、違う場所に私達は立ってしまってる。私は、セオに別れを言いたかっただけなの。私がここにいるのは、きっと私のこの心臓にあるもののおかげ。これは、あの人達が持つべきもののようだし、私がもっていれば、また、あの変な奴らが現れてしまうわ」

「構わない」

「セオ……」

アイラのほうが困った視線を神田たちに向ける。

「俺たちはその女の心臓の部分にあるイノセンスを手に入れに来た。お前がなんと言おうがこっちは回収していくから、今のうちに後悔しない選択をすることだな」

「そんなっ、よくもそんなことが……!!」

「セオ!!」

神田に掴みかかろうとするセオに、アイラが厳しい声で制止する。それでもセオは止まらず、神田に向かおうとする。
もちろん神田は適当にあしらうつもりでその場に静止していたのだが、神田とセオの間に娟が立ちふさがった。娟は習ったばかりの体術で、セオの勢いを利用して体を宙で一回転させ地面に組み伏せた。
成長したものだ、と神田は感心し、セオはまさか女にやられると思わず呆然としている。

「……あなたの痛みはわかります」

セオが娟の拘束から抜け出そうと体を動かしたとき、静かに、娟が語りかけ始めた。

「二度と会えないと思った人が……目の前にいる。戻ってきてくれた。このまま、手放したくないでしょう。でも…こんな幻想のような状態がずっと続くわけないです。きっとそのときまた、あなたも、彼女でさえも深く傷つきます。」

娟の心の声が聞こえてくるようだ。「私も、同じように傷ついたことがある」と言わんばかりの。
それを感じ取ってか、セオがおとなしくなった。

「なら、今、悲しくても、ちゃんと最高のお別れをするべきだと思います。そうしたら、悲しくても、とても幸せな思い出としてしまっておくことができるから」

娟の小さく柔らかな声を聞きながら、セオが嗚咽を漏らしだす。
慈愛と切なさをたたえた瞳でセオを見下ろす娟は、さながら修道女のようである。

引っ込み思案なくせに、ここぞというときは心の芯を見せる。神田は時折娟のこういうところにはっとさせられる。

ほんのわずかな、きらめきのような何かを見せられる。

神田の心にすっと、入り込むような、柔らかな一瞬の瞬き。

娟のこの言葉はその場にいたものすべての心を打ち、セオにアイラと別れる決意をさせたのだった。

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