▽ 雪女3
娟の家は、村から少し離れたところに立地している。村の外れにある家は余所者や、異端な者達に宛てがわれる。
「中へどうぞ。」
アルトが神田を娟の家の中に入れた。アルトはよく娟の家に来るのですっかり慣れてしまったのだ。
神田が入ってからアルト、娟の順に家に入る。
家の中は必要なものだけを取り揃えている。置いてある家具は親から娘へと残された古めかしいもので、使い勝手がいい。
娟は、その中でも客用の椅子を神田にすすめた。いつもはアルトにすすめているが今日は仕方がない
「それで、用ってなんですか?」
娟はアルトに神田の対応を任せてお茶などの用意をするために台所へと向かった。聞き耳を立てながら、お茶を注ぐ。熱いものはあまり好まない娟だったが、神田は日本人のようなので熱々のお茶を作ることにした。薬缶に水を入れ火にかける。
「そこの女が、雪女だという話を聞いた。それは本当か?」
「ええ、そうですけど・・・それが何か。」
お茶請けはちょうど切らしていたため、お茶だけを出すことにした。
娟はお湯が湧くまで火の前で待つことにした。知らない人を前にするとなんだか緊張してしまうのであまり行きたくなかったのだ。
「その女の力がイノセンスによるものかどうかを調べたい。」
神田はそう言った。イノセンスとは何だろうと娟は首を傾げる。
「イノセンスっていうのはなんですか?」
アルトがすかさず質問をしてくれた。神田は一つ咳払いをして話し始める。
要約すると、イノセンスはAKUMAという兵器と戦うための神の結晶で、その適合者という、イノセンスの力を行使できるものがエクソシストというらしい。黒の教団はエクソシストやイノセンスを探して集めて回ているそうだ。そして千年伯爵という世界を終焉に導こうとするものを倒すことが最終目標だそうだ。
これらを不機嫌そうに神田は語った。
「・・・あの、胡散臭くしか聞こえないのですが。」
アルトの言葉に娟も思わず頷いた。
「んなこた、こっちもわかってんだよ。」
呆れたように神田も返す。その時ちょうどお湯がわいた。せっせと娟はお茶を2つ湯のみに注ぐ。
「さっさと済ませたいだろ。だから早くそいつ出せ。」
「出せって・・・それが人にモノを頼む態度ですか。それにいくら娟がエクソシストだったとしても行かせませんよ。」
「俺はモノを頼んだつもりはない。行かせないとかいったって俺が強制的に連れてくんだよ。」
「横暴です!」
このままだと神田とアルトの間で喧嘩が勃発してしまいそうだった。そんな雰囲気の中娟はお茶を持っていった。
「・・・・」
ことりことりとそれぞれ二人の前に湯のみを置く。落ち着いてくださいとすすめる仕草をすると、二人はいらだちを抑えるようにお茶を飲んだ。ほう、と二人共息をつく。
娟は二人が落ち着いたことを確認するとにこりと笑ってアルトの隣に座った。一番古くてぎしぎし音はなるけれど丈夫な椅子だ。
「・・・せっかく本人がきましたから実際に見たらどうです。」
「・・・そうさせてもらおう。」
ふん、と鼻を鳴らして神田は睨みつけるように娟をみた。驚く。美形だが目つきが鋭くて(自分もそうだけれど)ぶるりと震えた。
「娟、雪女の力をこの人に見せてあげて。」
娟は頷いた。アルトが半分ほど余ったお茶を目の前に差し出した。湯気がもくもくと上がっている。
娟はその湯気に意識を集中させた。目を閉じて力をゆっくりと発動させる。
「・・・・っ!!」
ほんの少し力んで霧吹きのような水の粒を一つ一つ中心に集めた。
しばらくすると水のつぶは手のひらくらいの大きさに変わる。
神田とアルトはじっと見つめていた。重力を無視した水達が娟の意思によっていろいろな形に変えられていく。
うさぎ、もみじ、リング・・・
水の粒がキラキラと光る。窓の外から入る銀世界の光が綺麗に水に反射していた。
お茶の中に水を戻して、雪女は力をゆっくりと止めた。
力を使い終えたのを確認してアルトは口を開いた。
「どうですか。」
「・・・」
アルトの問いかけで神田は我に返った。腕を組み、神田は一度ゆっくり瞬きをした。
「間違いなく、イノセンスだ。」
アルトが息を呑む。娟は不意に右手を包まれた。
「娟は連れて行かせませんよ。」
手に力が籠もる。自分にはない温かさが、アルトの真っ直ぐな心と同じように胸に押し寄せた。
「お前らには拒否権はない。」
「おまえ"ら"・・・?」
淡々と神田は言った。無気力なような瞳はほんの少し、まぶたが降りていた。神田が何かに疲れ切っているように感じられた。
アルトと娟は神田の発言に少々驚いていた。
「お前ら二人は、これから黒の教団に来てもらう。」
「・・・・僕もですか。」
「そうだ。」
痛いくらいだった手の力が緩まった。アルトを見れば何かから開放されたような顔をしている。
「明日、発つ。準備しろ。」
神田は明日来るといって去っていった。
娟はアルトの手に自分の手を重ねた。
「・・・・アルト。」
短く名前を呼んだ。娟がどうして名前を呼んだのかアルトは分かっている筈だ。娟が何を言いたいのか。
アルトは嬉しそうに力の抜けた笑みを浮かべて娟の手を包んだ。
「・・・娟一人だったら、僕は君を連れてあの神田って人から逃げようと思ってた。
でも僕も一緒に行けるなら、僕は行くよ。」
娟は柔らかい笑みを浮かべた。心の中の不安を安堵が包んでいく。ずっと一緒だったアルトと、離れるのは娟も心苦しかったのだ。不安だったのだ。
「一緒に行こう。」
アルトが力強く娟を見つめる。娟は笑顔で頷いた。
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