▽ 回復3
娟には"迷子になる"という感覚は初めてのことだった。
村では何処へ行っても知っている景色が広がっていた。知らない場所へでたのは神田が娟たちを村の外へと連れ出してからだった。そのときだって何もわからなくても神田にさえついていけばいいという安心感があった。だから迷子になるというのはどういう感覚でどれほど心細いのかということは初めて知ったのだった。
黒の教団と呼ばれるとてつもなく広く巨大な建物の中にいるということを娟は感覚では感じ取っている。しかし実際に外から黒の教団がどれほど大きくてどれほど広いのかを見たことがないから、自分が黒の教団のほんの少しのエリアを堂々巡りしていることには気づいていない。そうして同じエリアに足跡を満遍なく残し続けること一時間ぐらいたっただろうか。
(ここ、前にも見たことがある気がする・・・)
彼女はようやく自分が同じ場所を歩き続けていることに気づき、それから自分の歩く方向を変え、別のエリアへと飛び込んだ。
相変わらず彼女の歩くところは音はなく、聞こえるのは自分の心臓の鼓動が少し早まってきていることだけ。その静けさは彼女にとって冬の、初雪の日の早朝のような神聖な雰囲気や、暗くなった森の中のような引きずり込まれてしまいそうな雰囲気を持っていた。
新しく迷い込んだエリアには手すりがあり、その向こうを見るとこの黒の教団がひとつの大きな筒状の建物だとわかる構造にめぐり合った。
娟はその高さと広さに絶句した。
彼女のいる場所は黒の教団の中でも高層の階で下を覗きこむと一番下は見えないくらい暗かった。今は昼か夜か、晴れか曇りか雨かわからなかったが、見上げると見えた天窓から差し込む光が暗いから一番下まで見えないのだろう。
人の声は聞こえないけれど、数階下のほうにちらほらと人がいるのがわかった。場所がわからないから一度降りて誰か話しかけられそうな人に話しかけよう。
娟は降りるための階段を探すことにした。
彼女の頭の中には一度訪れたところに目印を残しておくなどという発想はなかったので、またひとつのエリアを何往復もしたのは言うまでもない。
prev / next
3/3