「次どうする?」
振り返った団長、もとい3年2組のクラス委員ののんびりとした一言に、そのうしろに列をなした口々から好き勝手に娯楽施設の名前があがった。

和気あいあいとした校風が売りの四天宝寺のなかでも、うちのクラスはとくに仲のいい部類に入るんだろうと思う。
校内行事の打ち上げだといっては、結構な出席率で集まって遊ぶのも、もう何度めかになるらしい。 いつもは行事の結果なんて二の次三の次だったようだけれど、昨日のアホ武道会では念願の優勝、ついでに『校内一アホ』の称号もクラス内から選出されたとあって、そろって異様にテンションが高い。

そんななかで、私服姿を珍しがられる程度には付き合いの悪い俺と、こういう集まりには顔を出さずにいられないんだろう前方にかたまるノリのいい男子の群れのなかで笑う謙也と。 いつもならまぶしさに目を細めてしまうその笑顔が今日は物理的に遠くて、思わずため息をつきそうになるのをあわてて飲み込んだ。
まさか、同じクラスで付き合っている相手とのはじめてのデートがクラス会になってふてくされています、なんて誰にも言えない。

「白石くんは? ボーリングとカラオケ、どっちがええと思う?」
「え? あー……せやな」

どっちも面白そうやから迷うなあ、とか思ってもいないことを口にしながら、お茶を濁すように笑ってみせると、少し低いところで真っ赤に染まった顔が固まっていた。 ……ああ、やってもた。

学区内の食べ放題に集合した昼前から、俺のそばには普段お近づきにならないタイプの女子が絶えずくっついていて、さらにその女子目当ての男子にそれとなく牽制されながら、たいそう居心地の悪い時間を過ごしていた。
たとえるなら、サザエさんに出てくる花沢さんにカオリちゃんの性格を合わせた感じ、邪険にあつかえば泣いてしまいそうなタイプだ。 花沢(仮)狙いの男子は、丸刈りの野球部副キャプテン、ちょっと大きくなったカツオと思ってもらえればいい。 やーテレビのなかとは反対やなあ、とか軽口をたたける雰囲気は、まるでない。

結局、次の行き先はカラオケになったらしい。 だらだらと長い列が繁華街の方に曲がっていくようだった。
抜けて帰ってしまうならいまだ。 携帯を取り出して誰に連絡をするか逡巡した一瞬、俺の視界に明るいひよこ色が映った。 角の店先に身をもたせて、いまにも吹き出しそうな顔をしている。

「謙也……」

しばらくぶりに呼んだ名前はなんだか情けなく響いた。 どうしたん? とか、もしかして俺のこと待っててくれたん? とか、続ける言葉が身のうちに溢れかえって、そして最後にはただ、「好き」の二文字だけが残った。 浮かれているといわれてもしょうがない。 名前を音にするだけでこんなに愛しいやつと両想いになって、過ぎた幸せを毎日噛みしめて生きる俺の心に、ほかの人間が入り込む隙などできそうもない。

「あ、ちょお白石借りるな? さき、行ってくれてええから」
「うん」
「お、おお」

前半は花沢(仮)に、後半はカツオ(仮)に向け、人好きのする笑みを添えて言うだけで、謙也は微妙な三角関係からたやすく俺を救いだしてみせた。 この笑顔の前には、どんなに分厚い警戒心もゆるんでしまうに違いない。
クラスの列と距離がひらいたのをみとめてから、謙也が俺の袖を引いた。 耳朶に吐息がかかるくらいの距離で、いたずらの成功した悪がきが笑っている。

「おまえは知らんやろうけど、朝来た花沢のカッコ見て、あいつ今日勝負かける気や、てみんなでいうてたんやで」

まあそんなことおれがさせませんけど。
得意げに加えられた言葉に驚いて顔を覗きこむと、すぐ間近で薄い茶色が不思議そうにまたたいた。 まさか無自覚か。 固まったままの俺をよそに、謙也はちょっと真剣な顔つきになった。 密生するまつ毛がゆるやかに伏せられる。 いつもスピード命でちょこまかとせわしないくせに、ふとしたときの仕草がやわらかかったり、優雅にさえみえるのがちょっとそそられるのだとか口に出したら、しばらく絶交は避けられないのでまだ言ったことはない。

「おれも反省してん。 べつに二人でおるのもクラスで遊ぶんもいっしょやって思ってたけど、認識が甘すぎやった。 おれが付き合ってんのは白石なんやってっ……うおっ」

少し尖ったくちびるからつむがれるのは、俺の動揺を誘うばかりの言葉たち。 理性が悲鳴をあげるのが聞こえる。 本能は謙也が可愛いせいやと悪びれもしない。 そうして俺は、謙也の骨っぽい手首を引いて細い路地に身を寄せた。 この期におよんで、ただのクラスメイトの顔をしてカラオケなんて行ってられなかった。

「しらいし?」
「うん、な、謙也いっこ頼みがある」
「……なん?」

遠くで俺と謙也の不在に気づいた花沢に名前を呼ばれた。 律儀にも来た道を戻ってきているのか、それは少しずつ近く、はっきり聞こえるようになっていく。

「俺にさらわれてくれん?」

つり目がちの瞳は、思ってもみないことを聞いたように真ん丸くなった。 ついで、言葉の意味を考えるしばしの間。 きっと裏側に隠した想いまで正確に察してくれたんだろう、みるみる真っ赤に熟れていく頬を空いた手でつつみこんだ。

「俺のせいにしてくれてええよ」
「……まだ返事してませんけど」
「こんなにぎゅって手つながれて、断られる気せえへんし」

すぐそばの角まで、俺らを探す声が迫っていた。 意を決したように、謙也が顔をあげた。

「つれてってや。 おれが、白石といっしょに行きたい」

とうとう理性が匙をなげた。 俺にできる全力疾走で風をきりながら、この手とつながっている限りなんだってできそうな気がしていた。



手 に 手 を と っ て




門限があるから先に帰る、とクラスメイトにはメールを送っていたのに、週が明けると、ありもしない門限の存在を疑われもしなかった謙也をさしおいて、デートのためだと全員一致で納得されていた。 相手はその門限の人ですけどと思いながら、おおむね間違いでもないので否定しないでおく。


101018

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