※財前一人称


今年の校内一アホ武道会――閉会式で本日のMVPが校内一アホとして表彰される以外はわりと普通の体育大会だと思うけれど、よそを知らないのでこんな名前を冠する程度にはやっぱりおかしいのかもしれない――は、前日がどしゃ降りの雨で、予報では当日の今日も降水確率90パーセントだったらしい。 延期だと誰もが、つーか俺が思った十月最初の日曜日、空は嘘のように晴れわたった。

湿気を含んだぬるい風が、濃い土の匂いを連れて吹きぬけていく。 四天宝寺は公立だし校舎の改修が数年前に終わったばかりだしで、トラックは昔ながらの砂のままだ。 面倒この上ない早朝、運動部全員が整備に駆り出され、校内一以下略は決行になった。

けれど、昨日の雨の名残はしぶとく、競技がはじまれば足をとられて転倒者続出、うちの校風からいえばたいそう「オイシイ」瞬間の連続で、どのプログラムも例年にも増して盛況とのことだった。

他人事ならそれもいい。
でも三人四脚の真ん中で、気づいたときには顔面から転んでいた場合、おいしいかおいしくないかなんて考える暇はなかった。 ゴールテープを切った瞬間に、右足はトラックの外側に、左足はトラックの内側にそれぞれ曲がろうとして、その両方と肩を組んだままの俺が二人を押す体勢になった。

「ヨッ、テニスブチョ!」
へたなコントのオチみたいな転倒に、ムアンギにまで片言で親指を立てられる始末。 転んだ膝は痛いし、いたたまれないしで、四天宝寺に二年いたくらいじゃ俺は笑いに体は張れないと思い知った。

そこから逃げるように救護班のテントを目指せば、来賓席の横に一張り、閑散としたぬるい空間があった。 風上の心地よい日陰、アナウンス用の長机の後ろに放送機器の並んだ机がもう一つ、パイプ椅子が二つ。 音声に合わせてBGMを切り替える係のとなりで気だるげに頬杖をつく見知った背中を見つけた。

保健委員の腕章をつけた左側の背中には「3-」、右側の放送委員のそこには「-2」と黒のビニールテープできれいにレタリングされた文字が踊っている。

「アンタらですか……」

二人並ばなければ何の主張をしているかもわからない(並んでいても意味がわからない)3年2組元テニス部員はクラスメイトにすらセットでカウントされているらしい。

「財前、えらい男前になったな」
「さっきまでオサムちゃんもここにおったんやけどな、おまえが仲間引き倒すん見て『あいつもだいぶ分かってきたやないか』て言うてたで」
「先輩ら、揃うとウザさ4倍っすわ」
「はは、相変わらずやなあ、謙也?」
「まったくや。 白石、ここは保健委員会副委員長によるエクスタ消毒でもお見舞いするしかないわ」
「んんー、財前くん真ん中おいで」

げらげら笑いながら、二人の真正面に新たなパイプ椅子が置かれ、逃げようとする腕を本気で引き戻された。 先生ー、ここいま後輩いびりが行われてますー。

もう毎日の部活では会わなくなった、ただの三年生の顔をした先輩に近づくのが一瞬でもためらわれて、そして部活のときのように輪のなかにいれてくれたことに一瞬でもほっとしてしまった自分がアホだった。 セットに絡まれる煩わしさは身に染みていたはずなのに。 うっざ!

「ん、靴脱いでここかかとのせて」
「えらいえらい、ちゃんと洗ってきたんや?」

タオルをかけた部長の太ももの上、両膝と右のふくらはぎ全体に広がる擦り傷に、脱脂綿も使わず直接ふりかけられる消毒液。 エコやろ? とかどや顔で言われても。 しみる。 いたい。 うざい。
けがをしたらまず傷口を水で洗ってきれいにする、というのは部長が部長だったときに、口酸っぱくいっていたことのひとつ。 いまのテニス部にこれができないアホはいない。

「はは、ここも擦りむけとる」

指の長い謙也さんの手が土や汗で汚れた前髪を臆面もなくかきあげる。 明るくなった視界に季節外れのひまわりみたいな笑顔。
思わず顔を伏せた俺の耳に、ほんまや、と笑みを含んだ部長の声が届いて、自分でも気づかなかった額の傷に今度はちゃんと柔らかい脱脂綿が触れた。

「風呂はしみるかもなあ。 かさぶたできるまでは辛抱しいや?」

さっきまで言いたい放題していたくせに、ふとした瞬間優しさや気づかいをのぞかせるのは卑怯だ。 いまはコートに入れば頼るべきは自分しかいない。 あとのことはおまえに、と肩を叩かれて、最初で最後の頼みごとに何度も頷いて部長になった、あの夏の終わりから。

でも、ほんとうは、いつまでだって後輩でいたかった。 憎まれ口をたたきながらも甘やかされていた時間から突然放り出されることが、こんなに辛いことだとは夢にも思わなかった。 見ない振りをしていた、身勝手な欲求に埋まりたくなる。

「ほんま……アンタらって、」
まぶしくて、つみぶかい。
夏の大会を前に、年齢ばかり同じ数字を刻んだけれど、部長はおろか謙也さんにだって追いつけた気はしなかった。

うざいっすわ、とうつむいたままこぼれた声がかすかにぐらついたのをどう思ったのか、後頭部に二つ、手のひらの感触がする。 俺が立ちあがるのを急かすことなく待つそれが、やけにあたたかいような気がしたら、ますます顔があげられなくなって困った。



無 効 の 日



101009

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