※青学戦後 捏造


肩を落として、ぎゅっと眉を寄せて、控えですらない一年生までもが消沈した様子を隠せずにいる。

勝てるという自負を越えて敗北を承服するには、対峙して、そして戦うなかで力量の差を痛感するしかない。 彼らはこれからそれを与える側にも享受する側にもなりうる。
俺にできるのはその可能性をこの身でもって示すことくらいのもので、それもどうやら今日が最後になるようだった。

「はい、ホテル戻るで。 バスは朝といっしょ、オサムちゃんと乗ったグループは一号車、残りは二号車や。 ほかのお客さんの邪魔にならんようにな」
「……しらいしー、晩ご飯はー」

いっそ、わずかでも念願の「コシマエ」とあいまみえた金太郎の方が晴れ晴れとしているくらいだ。 周囲の感傷的な雰囲気を意に介する様子もなく、俺のユニフォームの裾を引いて見上げてくる大きな丸い目を覗きこんでも「肉?」としか書いていない。
その素直さになんとなく救われたような気になったのは、敗退の事実が、自分で自覚しているよりも堪えているということなんだろう。

「金ちゃん、」
「金ちゃん! 今夜はオサムちゃんの奢りらしいで!」
「ケンヤ、それホンマ!?」
「そやで、やからバス乗って焼き肉お願いしてや。 金ちゃんが頼めば聞いてくれるかもしれんやろ?」
「うん!」

軽い足音を残してバスの乗車口に消えた小さな背中を見送ると、そのまま顔を横に向ける。
いつものように隣に並んでいたのは、いつもの空気をまとった謙也だ。 吹き出すのを我慢するような表情が、俺の視線に気づいたのかゆっくりとこちらを見やる。

傾きはじめた夏の終わりの光を受けて、淡い色の前髪の下、薄茶色の眼は少し驚いたように見開かれ、やがて笑みの色を消した。 これが今の謙也の素顔だ。 まっすぐに捉えられて、俺は冷水を浴びせられたように動けなかった。

「白石、まだなんかある?」
「あ、いや、もう大丈夫や」

その表情は一瞬で消え失せた。 本当は見せるつもりもなかったのだというように、たった一度のまたたきで。
うちのジャージ姿がすべてバスに収まったのを確認した俺の答えに、その目は何ごともなかったようにふ、と細められた。 謙也が得意な、いたずらっぽい笑顔になる。

「一番前の席とってん。 おれ、窓際座ってもええ?」
「ああ、かまへんよ」
「おおきに」

東京に着いてからの数日、四天宝寺の送迎を一手に引き受けてくれているドライバーさんに挨拶をして、保護者よろしく乗車口側の一番前の座席に座る。
静かすぎる車内に苦く笑う気持ちはあれど、音にすべき言葉を見失ったように口は重かった。

バスの進行方向が変わって、ついさっきまでいた準決勝の試合会場を横目に通過するかたちになった。 唐突に、最後なのだと身に迫る思いがして、不自然にならないように目を伏せた。 夏は、終わってしまったのだ。

まるで俺の心のうちを見透かしたように、謙也の右手が指先を包むように重なってきた。 肘掛けを下ろしていなかったから、二人の座席の間でひっそりと。

驚いて、でも、その手に触れて分かった。 固く乾いた皮膚。 何度も破れて、それでもラケットを掴み続けた証。 謙也の、願ったもの。

手の位置を入れ替えて、指と指を絡ませて繋ぎなおすと、振り返った謙也のぽかんとした表情と出会った。 俺の顔と、繋いだ手とを黙って視線だけで往復すると、それと分かるくらいに目を細めて再び窓の外に眼を向ける。 驚きに直立していた謙也の指が曲げられて、そっと手の甲に降りてきた。 なだめるように、包帯の境目に触れていく。

「ああ、周りも立派なんやな」
朝は全然目に入ってへんかったわ。

ああ、こいつは。
謙也は、もう朝の時点で千歳が来たなら試合を託そうと決めていたのだ。

『チームの勝利のためにはより高い戦力を出場させるべきだ』

勝ちたいから、と重ねて、オーダーの変更を申し出た謙也の気持ちを正しく理解できないまま、俺はそれを承諾した。 忘れるはずもない、試合を許されずにチームが敗北する悔しさを、行き場のない怒りにも似た感情を、この身をもって知っていたのに。

「……ああしたらな、みんなで勝てると、思ったんや」

包帯越しに、爪が食い込む。
同じ強さで握り返した謙也の手にも傷が残るかもしれない。 深く、深く、血が滲んで傷が残るほど悔しいのに、責める言葉を口にすることもできない。
謙也に、試合に出たい気持ちがないはずがない。 願ったものも、信じたものも同じ、四天宝寺の勝利、だからこそ託してくれた。

「謙也……」

ここで俺が謝れば、なおさら傷つけることになる。 かける言葉など、見つかるはずがなかった。

まっすぐに、コートに立てなかった痛みも、俺の受けるべき責めさえも受容してみせる。 まるで救いの光だった。
謙也が、もしもこれ以上慈悲深い人間になるというのなら、もう俺は信仰だとか、崇拝でもってこいつと向き合うほかにない。

―― でも、そんなことできるはずもないから、俺は、ただ繋ぎ止めるように、強く、手を握った。



い ば ら の 冠



100831

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