その日は、とくに目眩がするような暑さで、謙也と、それから校門で一緒になった小春(当然、ユウジも)との部活帰りでも、自然と足は涼を求めてコンビニの角を曲がった。

広めの駐車場の奥、店の軒先にあるわずかな日陰に身を寄せるようにベビーカーを携え、小学校にあがって間もないくらいの女の子の手を引いた若い母親が立っていた。 母子は、俺たちが店内をぶらつき、それぞれにレジに並ぶくらいになっても立ち尽くすように店先にいた。

会計を済ませて先に自動ドアを出た謙也が、不意にそのベビーカーの前にしゃがみこんだ。

どうやら母親が携帯で通話中のようで、電話機を耳にあてたまま、少し怪訝な顔をされていた。 それもそのはずだ、眩しいまでにブリーチした金髪の中学生がヤンキーじゃないなんてだれが想像するだろう。 けれど実際のところ、謙也は見た目の奇抜さを除けば奇跡のように常識的な人間だった。

身軽に小さな子どもと目線の高さを合わせて、気後れするくらい人懐っこい笑顔をしてみせる。

やがて、ベビーカーの日よけから白くて丸い手がのばされて、謙也の長い指先をやわらかく掴んだ。 子守唄でも歌うようなリズムでゆるやかに繋がれた指が揺れている。

すると、母親に隠れるように立っていた水色のワンピースの女の子が、短くなにかを告げたようだった。 首をかしげて顔を見合わせると、次の瞬間には二人して屈託なく笑いあっている。

電話中の女性も、あっけにとられたように様子を見ていた。 さらに謙也は何か続けたようで、小さな手と繋がれていない方の指が方向を示すように動いた。

横断歩道、渡って左。 で、また左。

ワンピースの女の子が母親のブラウスの裾を引いて、それを伝えたのだろうか、慌てて携帯電話を閉じると謙也に話かけはじめた。

謙也の骨っぽい腕は、あらためて道を指し示すように大きく振れる。 くせのある金色の髪が、夏の風になびき、白いシャツがはためいた。

ひととおりの説明を受けた母子の表情が、揃って明るくなっていた。 女の子は急かすように母親のブラウスを引き、荷物をまとめた女性は白い日傘を広げてベビーカーとともに日差しのもとを歩きはじめた。
丁寧に頭を下げる顔には心を許した笑みが浮かんでいて、軽く手を振る謙也もまた晴れた夏の空のような笑顔だ。


「蔵リンにそんな顔させるなんて、妬けるわねぇ」
「え、」
「浮気か! 死なぶっ……!」

耳元で、小春がたちの悪い女のように笑った。 いや、たちの悪い女になんて会ったことないのだけれども。 それに、こんなに鋭い裏拳のつかえる女がいてもなんだか困る。

「俺、なんや変な顔してた?」
「うふ、魔法でも見ちゃったみたい。 ああ、それとも」
かかっちゃった、かしら?

首をめぐらせて、アイスをくわえたその魔法使いに視線をやれば、ひまわりみたいな笑顔が飛びこんできた。
あかん、かかっちゃったかもしれん。



夏 の 魔 法 使 い



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