※蛇足的な前日のお話


白石と会えなくなって一週間になる。
一人の人間と、たったそれだけの間顔を合わせなでいることが、こんなにも胸を苦しくさせるなんていままで生きてきてはじめてのことだった。

こんな自分がいるなんて知らなかったし、知らずにいられればもっと心安らかに生きていけただろう。

『明日、土産もってこうと思うんやけど。 自分、家におる?』
「ん、おると思う」
『よかった。 ほな昼過ぎに行くわ』
「ん」

けれど、もしも白石と出会わない人生と呼吸さえままならない今とを最初から選択しなおせるとしても、おれはきっと白石のいる道を選ぶのだと思う。 何度繰り返しても、きっと同じだ。

『謙也?』

電話越しの声が、少し怪訝そうにおれの名前を呼んだ。 我に返って、失態に気づいたところでもう遅い。
取り繕うこともできずに黙りこむしかないおれをどう思ったのか、夜の空気を静かに揺らせて、白石が笑ったのだとなんとなく分かった。 顔も見えないのに、それは確信に近い。

『口数減るんは、なんか言いたいことあるときや』
――せやろ?

こんな風にからかってみせるとき、白石はいつもとは違う、少し子どもっぽい顔をする。 たやすく想像できて、また、締めつけられるように胸が痛んだ。 会いたい。

「ふはは、残念やけどハズレ。 暑くて頭ぼーっとしてただけや。 すまんな」

会いたい。 本当は。

『……俺の迷惑とか、いらんこと考えて黙ったりしてないよな』

「まあ、いつもは考えるやろうけど、今日はちゃう」

今日も今日とて、それを考えて身動きがとれなくなっていた。 おれの答えに納得はしていないようだけれど、一度言わないと決めると不毛な問答になるのは長い付き合いで知っているからか、白石は意外にあっさりと追及の手を引いた。

『いまの俺が叶えたれることは多くないかもしれんけど、我慢はせんといてな』
「ん、ありがとう」
『あと、水分補給はちゃんとして、涼しくしてから寝るんやで』

健康オタクの熱中症予防法を聞き流しながら時計に目をやると、じきに日付も変わろうかという時間になっていた。
そろそろ切らなければ、と声をかけようとしたとき、不意に名前を呼ばれた。 電波に乗った声は、少し低く響いて、耳朶を震わせた。

『なあ、会いたい』
「……!」
『っていうおねだりやったらええのになー、ちゅー話や』
「あほ、びっくりさせんなや」
『あはは、すまん、いまのは俺のわがままやな』

淡く、自嘲に似た声の色。
おやすみ、の言葉で途切れた携帯を握りしめる指先が震えている。 白石がおれの希望を叶えたいと思うのと同じ強さ、もしかしたらそれ以上に、おれは白石の願いを叶えたかった。

ただのチームメイトだったときから、そのひたむきな横顔は特別なものでありつづけていた。 その手に請われて、拒絶できたためしがない。

「おれのドキドキ返せ、あほ」

そうしてこれからも、焦がれつづけていくんだろう。 たったひとり、白石ならば、それでも構わなかった。



願 い



100825

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