一途のつづき


目は覚めたもののとっさに身動きがとれず、視線をさまよわせると、夜の薄い闇のなかで謙也のつむじが目に入った。 白石の肩口に頭を預けて、穏やかな寝息に沿って肩が小さく上下している。

胸のあたりを横切った腕の先には白石の指先が無造作にとらわれていた。 眠っている間に探したのだろう、無意識の甘えるような仕草を当人に指摘したことはない。
白石が結んだのだと疑いもせず、照れたように繋がれた手に視線を落とす朝の謙也はほかの誰にも見せない顔をしていて、それはそれでいとおしいせいだ。

ブランケットの下で触れあうぬくもりはどこまでもさらりとした素肌。
もしもずっとこのままでいたなら、いつか境界線が失われてしまうんじゃないかと不安になるくらい自然で、馴染んだ体温を湛えている。

睫毛の描くゆるやかなカーブを眺めていると、不意に胸がつかえたように息が苦しい。 幸せで呼吸ができないなんて、おかしいけれど症状をほかに説明しようがなかった。

「…………どしたん?」

掠れて吐息混じりの声。
普段は猫のような目が、いまは半分ほどの大きさで白石をとらえている。 まだ、意識は夢の淵にとどまっているような無防備な顔だ。

「しらいし、」
繋がれていた手がほどかれて、細長い指が白石の顔に伸びる。 そのまま音もなく、目もとをなぞられた。
蕩けるように目尻が下がる。

「おれはおまえのそばにいれれば幸せ」
幸せにしてや。

からかう口調は睡魔に毒気を奪われてただただやさしく響くばかり。 茶色の瞳はふたたび薄い目蓋に覆われて、健やかな寝息がとってかわる。

どうか、謙也が次に目覚めたなら、いまのやりとりを覚えていなければいいと思う。 白石の情けない顔も、気を張っているときには決してのぞかせかない繊細な本音も。

どうか。



き み が 忘 れ て く れ る と い い



100819

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