※成人している蔵謙


指先をそっと掬いあげられて、簡素だけれどあたたかな光が指をくぐっていくのを呆然と見つめた。

少し視線をずらすと、相変わらず端整な男の顔がほんのわずかに紅潮している。 出会った頃よりずいぶんとたくましくなって、そこに年齢と経験を重ねるごとに増していく艶がいつまでたっても謙也の目がよそに向くことを許さない。

なかでも、このところすっかり落ち着いた大人の余裕を漂わせては悦に入っていたご自慢の涼しげな目もとさえ、今日に限っては潤んでいるのだ。

珍しいこともあるものだと、冷静に観察する自分がいる一方で、それも道理かと、降って湧いた非日常に頭をかかえるほどの動揺をどうにも治められないのも確かだった。

「ずっと一緒にいよ、けんや」

更けていく夜の空気を静かに震わせて、絨毯に膝をついた男からささやくように約束を乞う声がした。 これまでにも似たようなことを何度か言われていた。 ただ、声色に逃げ道がないのはこれが初めてだった。

「……やけど、白石」
「だめ。 今日は謙也の『うん』以外聞きません」
「聞きませんてな……」

「うなずいて、俺をおまえのもんにして」

なんて抗いがたい提案をするのだろう。 はじめてのキスでもするようにゆっくりと、左手に白石のくちびるが触れた。 壊れものをあつかうように。 口づけを受けた場所からじんわりと熱が広がっていく。

胸の辺りを通りすぎるとき、心臓を掴まれたように息が苦しくなり、隅々まで行き渡ると不意に涙になって溢れた。 理屈でどうにかなるものではなかった。

声を殺して泣く謙也をみとめて、白石は眉尻を下げてほほ笑んだ。 皮膚の硬い親指が濡れた頬をなぞりあげていく。

「おまえを笑わかすのも泣かすんもぜんぶ俺。 隣で笑うのも涙拭いたるんも俺、怒らすんも俺、かな」
「は、むちゃくちゃや」
「せやな、気をつけるようにする」
「…………おれ、でええんやな」

本当は、一番に聞きたかったそれ。 その問いがくるのが予想していたようにきれいな眉を寄せてこれ見よがしの小さなため息をつくと、真剣な声音でたしなめられた。

「おまえがいい」

さ、幸せにしたるからうん、て言い。
抱き寄せられた耳もと。 震えるほどやさしい声に一生の約束を捧げた。



一 途



100819

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