頬杖をつこうとして気がついた。
朝にはなかったはずなのに。

不規則な生活をした覚えもなければ、食べ物の好き嫌いをした覚えもない。 健康に並々ならぬこだわりをもつ俺としては、まったく不本意なことだった。

「白石、ニキビできとる」
「あ、ほんまや。 しかもそれ、思われニキビやん?」
アハハ、と大声で指摘してくるのは隣の席の派手めの女子。 それを聞きつけて、どよめくクラスの空気が恨めしい。 俺のことなど構わずに、そのまま彼氏の話でもしながらだらだらと化粧直しを続行してくれればよいものを。
ボクは素肌で勝負したほうがええと思います、と常々思っていたことを小声で八つ当たると、またオッサンのような反論があって昼食後の教室が輪をかけて騒然とする。

窓の外は気持ちいいくらいの秋晴れで、テニス部のはずのあいつが昼飯もそこそこにサッカーに出ていたのが小さな救いだった。

「そいで『思われ』てどういうこと?」
「あー、もー誰が言うたん?」

苦々しく思いながらなんとか午後の授業を終えた放課後。 昼休みにちっとも捗らなかった書きかけの原稿用紙を広げると、それまでなんの素振りも見せなかった謙也がにやにやしながら前の座席の椅子を引いた。

浜ちゃんが教えてくれた、と昼間さんざん大人げない応酬をした女子の名を親しげに呼んでみせる俺の彼氏は結構な薄情者だと思う。 どこ、ニキビどこ、とヒヨコみたいな頭を揺らして覗きこんでくる姿は、かわいさ余ってなんとやらだ。

ニキビのできる場所によって思い人がいるとか、逆に思われているとかいう、まあ中学生くらいなら信じても許される迷信のひとつで、顎にできるのは誰かしらに思いを寄せられているサインらしい。

俺もはじめて耳にした単語だったため、女子が説明してくれたものをそのまま伝えると、あらわれた真相に謙也はだいぶ興を削がれたようだった。
ひどいやつだ。

「えー、やってそれがホントやったら世の中のイケメンみんな思われニキビで終了のお知らせやん。 まあ、ええ気味やけど」

顎の先に、ポツンとできた赤い点をしげしげと眺める眼差しが不自然なほど優しくてドキドキする。つり目がちの、猫みたいな男の頬も額も思わずつつきたくなるすべらかさだ。
こんなに愛しげな顔の先にあるのは俺ではなく、俺のニキビだ、と自分に言い聞かせても、謙也のその表情を捕まえられた喜びの方が勝ってしまうのは、きっと、惚れた弱味と呼ばれるもの。

「もー…他人事やと思うて」
「あはは、すまん。 せやけど、こんだけ健康に気をつけてる白石にできるんやから、相手はよっぽど執念深いやつやで」
「えー」

そんなの、お前以外の人間にどれだけ思われたところで意味なんかないわ!

……なんていう、子どもっぽい反応を返すのがいい加減ためらわれて口をつぐんだ一瞬、頬からおとがいを掬いあげるように持ち上げられた。

あ、キスをされる。
震える俺の純情をあざ笑うように、と表現するにはだいぶ穏やかな声で謙也は、たとえば、とささやくように言葉を次いだ。


「おれ、とか」


照れた謙也が 「お、おお音楽室行ってくる!」と教室を後にしてもしばらく動くことができなかった。

柔らかな感触が残る場所を指先でなぞると、熱をもった小さな違和感が存在を主張している。
これは外見に反して驚くほど慎ましい謙也の、はじめて見せた独占欲の証だ。

「あかん、反則や、もー……」

これだけはもう一生治らなくてもかまわなかった。



青 春 の 象 徴



100818

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