部室の中央におかれたテーブルに謙也がひろげた月刊プロテニスを横からいっしょに覗きこむ。
ところどころ、雑誌の持ち主がつけたとおぼしき付箋が紙面から直角にはみ出していて、丁寧な仕事ぶりは几帳面な性質をうかがわせた。 それにしても、相変わらず「プロ」と名を冠しながら中学生に割くページの多い雑誌だと思う。 まあ、そこに取り沙汰されるような人間とも実際にコートで渡り合う機会のある俺たちにとっては、ありがたいことに違いない。

「けんぼー、今度の相手どこ? これ?」
「ああ、そうここ。 舞子坂な。 京都」

関西代表候補として、うちとともに集合写真の掲載されていた学校だった。 過去にも何度か練習試合をしたことがあり、主将をはじめ見知った顔もちらほら写っている。

「思い出した、部長が萌えキャラの!」
「またそんな……向こうかて――」

残念なイケメン率いるイロモノチームとでも思っているはずだ。 と、最後まで口にしなかったのは、不意に俺と謙也の間をなにかがよぎったせいだ。 決して、大阪のみならず、練習試合ができるくらいの距離にある関西圏のチームでは、それが四天宝寺にたいする共通認識なのだとか、言ってて悲しくなるからじゃない。 決して。

「わ、」

謙也が小さく驚きの声をあげる。
それは、古風な例えを使うなら「白魚のような」手だった。 常日頃から過度の日焼けに気を遣っていることもあって、対金ちゃん用の包帯を巻く前の白石の左手と右手の肌の色にそこまで大きな差は見られない。
際立って女っぽいものでもないけれど、楕円の爪は柔らかい印象を強くするし、節くれていない指はすらりとして長い。 そういう、なんとはなし優雅な両手が、背後から謙也の目元を覆っていた。

斜めに振り仰いだ先は、白石にしては珍しい子どもっぽい表情が浮かんでいる。 そのまま身じろぎもせず、ただかすかに目くばせをよこしてきた。 すぐに了解する。

「――だーれでしょ?」

久しぶりの、いたずらめいた遊びにちょっとテンションがあがってしまった。 目隠しをされたままの謙也にもそれが伝わってしまったらしい。 喉の奥で低く笑うと、テーブルに置いていた両手をゆるくかかげた。

「真横から声が聞こえるのに、これがケン坊の手やったらちょっと怖いなあ」
「あはは、せやな」

ほどよく健康的な肌の色をした手が、そっと白い手のうえから重なった。 そのまま手首の太さを測るように手のひら全体で包みこむ。

顔立ちの与える印象からか、華奢なイメージをもたれがちな白石は、その実、日々の地道な積み重ねによって誰よりも完成に近い骨格と筋力を勝ち得ている。 それによらない細部の美しさを本人がどう思っているのか聞いたことはない。

謙也の指先は、触れる皮膚の下のそれらを探るようにゆっくりと、ふたたび手首から甲へと降りてきた。 謙也の関節の目立つ手は白石とは反対のおもむきだ。 丸く切りそろえられた爪も節だった長い指も、一見して年相応の男のものだとわかる。
とりわけ長い中指が、手の甲に浮き彫りになる骨のラインを辿るように滑る。 その終着点にある指の付け根の窪みを撫ぜて、目蓋のうえを塞ぐ指に指を絡ませた。 くすぐったげな白石が空気を震わせるだけの控えめな笑みを漏らす。 それを合図に、謙也が口を開いた。

「ちょお意外やったかな。 けど、そう簡単には隠せへんで? な、白石」

顔を仰け反らせて背後の人間と顔を見合わせる。 揃って笑顔になった。

「あれ、なんで分かったん?」
「ふははは、長年の勘と第六感やで」
「なあ健二郎聞いた? 俺めっちゃ愛されてへん?」
「ええ? いまこの子100パー勘やて言わへんかった?」

俺のツッコミはボケ二乗のまえにあえなく玉砕した。 そもそも存在感で勝てないし。 言ってて悲しくなんかない。 決して。

「舞子坂の部長の話しててん」
「ああ、部長がツンデレんとこ? こないだ電話で練習試合の打ち合わせしてんけど、相変わらずやったで」
「にわかに楽しみになってきた」
「なー」

なんでもない会話をしながら、謙也の肩のあたりで二人分の手はずっと絡まりあって、誰かが止めなければ一時間でも二時間でもそうしていそうだった。

やれやれ……くらいは思ったかもしれないけれど、すっかり日常に紛れて忘れ去っていた出来事をこうして思い出したのは、それからしばらく経ったある日。 指の先っちょが触れたか触れないかという接触で顔を真っ赤に染めてしどろもどろになった謙也と白石を見かけたせいだ。

どうかしたのか、なんて二人の顔を見てしまったら、とてもじゃないけれど口にできなかった。
だから真相は謎。 謎です。 大切なことなので二回いいました。



さぐる中指 


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