※ 全力でくらけんですと主張したい


ふたりきりの放送室に沈黙が落ちる。
この部屋にはスピーカーが設置されていないから、それぞれの教室や廊下で流れているラブソングがなんだか縁とおい別世界のもののようにかすかに響いていた。


病欠の放送委員に代わって、ほとんど初見の原稿をすらすらと読みあげ、ときに謙也らしいアドリブも挟みながら用意されていたCD-ROMの音楽に繋げる流れは、ため息が出るほど無駄なく洗練されていた。
イントロに音声を重ねて曲を紹介し、BGMのボリュームをあげながらマイクのスイッチはオフに。 一段落ついたらしい、肩の力を抜いて振り返った謙也に音を立てずに拍手の真似だけしてみせる。 普段からいっしょに行動することの多い俺たちではあるけれど、謙也が担当する昼の放送はいつも教室で聴いていた。 それにこの時期ともなると委員会の引き継ぎはほとんど終わっていて、もともと謙也が受けもっていた曜日も初々しい声が代わりを務めるようになっていたところだ。

ぴりっとした空気に背筋が伸びて、校舎内の喧騒がいっそう遠のく。 謙也のブレスに合わせて、知らず息を止めた。 マイクに向かう表情、声。 はじめて見るものだった。 ずっと目が離せなかくて、それはいつか、はじめて恋を覚えた瞬間に似ている、と思った。
俺を見て、ちょっとぎょっとした顔になった謙也は、それから照れを隠そうとして失敗した困り顔になった。 くちびるがなにかいいたげに動いて、飲み込んだ。

「もうしゃべっても平気やで」
「うん」

そこそこ古くて厳めしい機器の前にあった椅子から、俺が座っている小さなテーブルまで戻ってくる。 弁当も、食べんと時間なくなってまう。 おかずの段をご飯のとなりに置いて、そのうえにかけるはずののりたまを握りしめたまま固まっていた俺に、四限が終わると同時にコンビニのパンとおにぎり二つを胃に納めた謙也が笑う。 いわれるままに一度箸を手にとって、けれど使わずに戻した。

「白石? どした?」
「……謙也」
「なん、」

しまう場所をさんざん迷って、こんなこともあろうかと、弁当箱を持ち歩くための手さげかばんにしのばせた昨日の自分を褒めてやりたい。 こんな、バレンタイン当日に担当者がたまたま病欠で彼氏がその代役を任されて「よければこっちで食べたら?」とか誘われてふたりで昼休みを過ごせるようになることもあろうかと、姉妹とのキッチンの縄張り争いを制して作ったチョコレートを、いま、ここに……!

「あんまり、甘くない、はず」
「……うそ、ほんまに?」

越後屋が悪代官に差し出す菓子折りの静けさで、手のひらに隠れるほどの小さな箱をテーブルの向かい側へとすべらせる。 部屋の外で流れる曲は、いつのまにか流行りのアイドルから往年のバレンタインソングを男性がカバーしたものに変わっていた。 俺すら浮かれてカーニバルやで。 通り越していっそ混乱しているといっても差し支えない。

男っぽいけれどきれいな手が茶色い小箱を手にした。 開けてもいいか、と尋ねてくるのに頷くと、夕べ苦心して結んだリボンを震える指が静かに解いた。 心臓が耳のそばに移動してきたようにどくどく音を立てる。 鼓動はテニスの試合中と同じくらい速い。 いまギリギリのところで保たれている表情も、もし次なにかあったらぜんぶ顔に出てしまいそうだ。

「ふわあ……!」

目を輝かせて、素直で幼い感嘆に思わず笑顔になる。 すべらかな頬が赤くなって、せわしなく瞬きを繰り返す。 そろりと謙也が顔をあげると、そこはほんのりうるんでいて、吸いつきたいくらい可愛かった。
なにごとか言葉を選ぶ短い逡巡。 意を決したように謙也が口を開いた。白石。 おそるおそる呼ばれて、首を傾げることで返事に代える。

「おれ……本命もろたってことでええの」

とたん、ふたりきりの放送室に沈黙が落ちる。
この部屋にはスピーカーが設置されていないから、シャラララもデュワデュワも縁とおい別世界のもののようだ。 言わなければ分からないというのなら、何度だってその耳もとでささやいてやってもいい。 ただ、すこし寂しいような気がしただけだ。

「俺は、はなからそのつもりやけど。 せやからって、べつにおまえに……」

同じ重さの気持ちを要求したつもりはない、という強がりを多分に含んだ挑発的なせりふは、テーブルに乗りだしてきた謙也の口のなかに消えた。 謙也からもらうキスはそう多くない。 こんなときですら、それを堪能しようと動く身体がちょっと恨めしかった。

「ごめん、そういう意味とちゃう」
「……」
「おれも、やから。 あとで、わたすから」
「謙也?」

ほ、ほんめい!
首筋まで赤くして目を泳がせながら叫ぶ謙也の、離れていこうとする襟足を撫でるように腕をかけ強く引き寄せる。 とちゅう、横目に見えた開いたままの箱から一粒、チョコレートを持ち出してくちびるでくわえて差しだした。 わざとらしく瞳をつぶってやる。 チョコごと謙也に噛みつかれたのはそれから三秒後。



そっとひらいて、気持ちをたしかめて




何時の間にか予定されていた曲がすべて流れ終わっていて、慌ててアナウンス席に戻った謙也がちょっとエクスタシーな声で昼の放送の終わりを告げた。 その赤い耳のふちを眺めてわりと胸いっぱいだったけれど、久しぶりに出ると約束した放課後の部活のために弁当を詰めこんだ。
ふたりで放送室を出たところでユウジと鉢合わせして「なんや、ただの放送事故か」と呆れられたのはそれから12分後。


120216


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