よしずの隙間からそそぐ、うすらいだ夏の光が目蓋の裏でちかちかと明滅する。 飛び込むように寝転がった畳、その真新しいい草の匂い。 乾いた感触。 留守にしていた間につり下げられたものらしい風鈴が 軒先で軽やかに鳴るたび、綿菓子が産毛を撫でるくらいの風が開け放した和室を通り抜けていく。

家のなかに人の気配はなく、ときおり生け垣の向こうを走り過ぎる自動車の排気音だとか聞きおぼえのある近所のおばちゃんの笑い声が、ぼんやりと見知った場所へ帰ってきたことを実感させるのだ。 身体のすみずみを換気するように、深い呼吸を繰り返す。 馴染んだ空気。 やけにほっとした。
つい昨日までの、絶えず耳鳴りのように聞こえていた波音、ロッジのすぐ裏山で息づく動物の気配や虫たちの声に身体中をそばだてて眠る生活も決して悪くはなかったけれど。

「ああ、やっぱりうちが一番や」

そう離れていないところから、温泉旅行帰りの爺さんみたいな安堵のため息が届いた。 この際、まったく同じことをほぼ同時に思っていたというのは棚にあげて、じじくさいわ、と からかいながら目蓋を持ちあげた。 傾きかけた午後の光が部屋の景色に重なっている。
首をめぐらせると、こちらを向いていた白石と目が合った。 無防備にさらされた額には汗の一筋もない。 そうして涼しげな目元が ふと細められたのをみとめて、思わず目をつぶってしまったのを、西陽がまぶしかったせいだと自分に言い訳した。 手のかかる猫を腕のなかで遊ばせるような、有り体にいえば好意を隠さない顔を、こいつは外であまりしない。 それが嬉しくて、でも恐くて目を閉じてしまうことにもきっと気づかれてしまっているのだと思う。 頬に触れる指先一つで、おれの目蓋をたやすくこじ開けることができるのも、やっぱり白石ただ一人だった。

「な、謙也もそう思わへん?」
「思う……けど、ちなみにここおれん家やで」
「知ってる知ってる。 第二の我が家イズヒアやねん」
「ああ? ……ああ、嫁に来たいとかそういう話なら、まあ、もろてやらんこともないけど」

白石の妙なテンションに引きずられて、あんまり深く考えずに放った冗談に、日陰にあっても色素の薄い目がまんまるになった。 こういう間の抜けた顔さえ可愛く見えるのだから、見目麗しいというのはそれだけでなにかとお得だ。 かわいい。

「男前すぎて思わず頷きそうになってもた。 でもできればお婿さんがいいです」
「サーティワン買うてくれたらええよ。 ホッピングシャワー食いたい」
「ぶは、お婿さんの座 安すぎ」
「時価や」

そしたら、おまえでも買えるやろ。 と、付け足しかけて首をかしげた。 これでは、早く結婚してくれといわんばかりではないか。 ちゅーか言うとるがな。

「……おまえって、ほんま」
「なに?」
「なんも。 後ろ乗せたるからいっしょ行こ」
「ん、せやけどまず風呂やなー。 ゆっくり湯舟つかってー、んでアイス」
「ええな、それ」

勢いをつけて畳から起きあがる。
ぽかんとしたまま見上げてくる白石のさらさらの髪を撫で、たったいま思いついたとっておきを口にした。

「風呂、いっしょに入る?」
「…………けん、」
「あ、無理にとは 「はいります」
「あはは、なんで敬語?」

日常が、ゆっくりと戻ってくる。
今日くらいはのんびり風呂に入って、アイスを食べて、そうしたら、今度はきっとテニスがしたくなるに違いないのだ。



非日常の終わり 


110705


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