白石と付き合うことで、やっぱり変わったことがいくつかある。 男同士というのはもちろん、それも含めてはじめての経験ばかりで戸惑うことも多かったけれど、変化そのものは決して悪いことではなかった。 これは断言できる。

ゆるやかに続く『友達』の延長線と、ある一点から突然平行して走りはじめた『恋人』と名前のついた二本めの線。 結んだり、ときには解けそうになったり絡まったりしながら、おれたちは少しずつ距離の測り方を覚えつつある。 行きつく場所など決めてはいないけれど、まだまだ発展途上な関係に違いない。

なんていうと、なんとなく大げさなことのように響くけれど、ひとつひとつを取り上げていえば些細なものばかりだ。
たとえば、登下校の時間をいっしょに過ごすことが成り行きじゃなくて約束になった。 迎えにくる白石のために、中三も後半になっておれは10分早く起きるようになった。 もともと白石をお気に入りのおかんの方が喜んで、かならず同じ高校に受かるようにといっそう口うるさくなった。 それから、苦手科目を教えてくれるという建前のもといっしょにいる時間が増えたのは白石いわくもっけの幸いというやつだそうだ。

そのほかに、もっともっと小さなことをいうと携帯電話のメールフォルダをひとつ増やしたとか、そこに届くメールだけ着信音と通知ランプの色を変えていることとか、そういうものも含まれるんだろう。
学校には持ってきても音が鳴らないようにしてあるし、他人の携帯のランプなんてところまで気にする人間がどのくらいいるのだろうか。 少なくともおれは周囲からそんな指摘を受けたことなんかない。 もしいるとしたら、そいつはよっぽど暇か、もしくはよっぽど俺が好きか(とドン引きののち距離をおくと思う)のどっちかだ。 たぶんな。 会ったことないから知らんけど。


「謙也、電話ちゃう?」


週末の恒例になりつつある(主におれのための)勉強会に参加するためにうちへやってきた白石が、クッションに腰を落ち着いて間もなく首を傾げた。 視線の先には、テーブルの端に置いたままのおれの携帯。 サブディスプレイ横のランプが薄い青から白へとグラデーションを描いて点灯している。 白石からだ。 ちょっと期待に鼓動が早まる。

「……『セコム いまごろ?』 口で言え」

どうでもいいな。
どうでもいいメールもけっこう多い。

「ああ、さっき俺が送ったん? せやけど今日来たら門の目立つところに貼ってあるんやもん。 いままでなんもしてなかったことの方が驚きやわ」
「まあ、そこは否定しない」
「せやろ」

多いというか、正確には、多くなった。
もともと白石は、テニスの指導では『若き智将』なんてもてはやされる一方で、普段の素行が生徒の誰より問題児すぎるオサムちゃんに代わって部のマネージメントを一手に引き受けるため、必要に迫られて携帯を持った節がある。 だからか、おれがユウジや光とメールで交わすようなダラっとした雑談を白石としたことはほとんどなかった。

「ん、光んとこの更新通知や」
「っ!」
「ちゅーか部活中やろ、この時間」
「……せやな」

それが、はれてお付き合いをするという仲になり、帰り道に話し足りなかったことをメールで送ったのをきっかけに、少しずつ個人的なメールのやりとりが増えた。
他愛のないやりとりが楽しい。 ぜんぜん狙っていない言い回しが妙におれのツボをくすぐって、いつも吹き出してしまう。

それに、面と向かって伝えることはきっとないと思うけれど、会えない休日の朝に『おはよう』とか『あいたい』と言ってもらえる幸せを噛みしめたりもする。 するけれど、あまつさえそのメールに保護をかけて消えないようにしているとか、何回かに一度『おれも』と返信するその一言を打つたびに、手に汗にぎって心臓が口から飛び出そうに緊張しているだなんてことは、できればやっぱり知られずにいたかった。 恥ずかしいし、表面上は対等な関係と見せかけて、本当はおれのほうがずっと好きなようで、なんとなく具合もわるい。

そういうおれの煩悶などどこ吹く風で、白石は鼻歌をフンフンしながらテーブルの向かいで携帯をいじっている。 しばらく前はぎこちなかった左手の親指が、いまはなめらかにテンキーの上を移動するのが新鮮だった。
やがて、携帯をたたんでテーブルに置くのとほぼ同時。 流れたメロディに凍りつく。 通知ランプは紛れもない、薄い青から白のグラデーション。

思わず正座になる。 壊れかけの機械が軋みながら動くように、ぎこちなく顔をあげると白石と目が合った。 瞬間、笑顔に変わる。 見惚れるほどのそれは、効果音をつけるなら ぱああって感じ、絵にするならキラキラした感じ。うう、眩しい。 額の前に手をかざしてしまうほど。 そして眩しさは、メールを開いてめまいに変わった。

『俺はブルーなん?
 俺だけ特別なんかなー

 もしそうやったらちゅーしよう
 そうしよう!!』

だいたい句読点もあんまり付けないやつが、赤いエクスクラメーションマークを二つもつけて送ってきたメールがこれか。 恥ずかしい、よりにもよって白石に気づかれるなんて。

テーブルの脇を膝立ちでにじり寄ってきた白石と額同士が触れた。 くしゃりときしんだおれの髪に、やわらかい髪が混じる。 シャンプーの淡い匂いに、白石自身の甘い体臭。 おれたちの間だけ、空気が濃度を変える。
涼しげな目元に、少しだけ染まった頬。 こんな表情を知ったのも、白石が特別な存在に変わってからのことだ。

小さな変化。 もし気づくやつがいたら、そいつはよっぽど暇か――

「なあ、謙也からのメールは何色に光ると思う?」
「……へ」
「あとで返信したら分かるで」
「あとで、なん?」
「そう、まずはチューな」

よっぽど暇か、なんだっけ。



ブルー、オレンジ 


110328


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