(ッヒ……!)

なんという暴力的な覚醒。
一瞬にして睡魔はどこかへ逃げてしまった。 ちょっといないような美形と、10センチの至近距離にいるおれを置き去りにして。

「ふとん、クリーニング中やったけどいっしょにベッドで寝たらええやんな」と就寝ギリギリになって悪びれもせずに報告してきたあいつに、深く考えることなく頷いた自分の浅はかさが悔やまれる。

近すぎて焦点が合わない。
わざわざ白石のお母さんが用意してくれたテンピュールの客用枕の上をじりじりと後退していくと、とたんに目の前の美貌が不満げに歪んだ。 いつの間にか腰に回されていた腕に、引き寄せられるように力がこもる。 身動きを止めれば眉間の皺はみるみるゆるみ、もとの安らかな寝顔に戻るのだから、おれはため息を内心だけにとどめて身体の力を抜いた。

おだやかな呼吸。 洗いざらしの髪が額から枕にこぼれて淡い波紋を描いている。 カーテンの隙間から差し込むぼんやりとした月の光が、髪と同じ色の長い睫毛やすべらかな頬を浮かびあがらせていた。 いっそ神々しいほどの光景に、べつのため息が出そうだった。

買い物があるときや新発売のレーシングゲーム、それからちょっと手を焼きそうな課題がだされた週末に、いつも別れる交差点を通りすぎて白石の家に寄ることが増えた。
おれは、そしてたぶん白石も、他人のテリトリーに深く踏み込んだり、自分のそれに他人を招き入れることをあまり積極的にしないままここまで成長してきたのだと思う。 おれは身内で間に合っていたというのもあるし、ほかとはどこか違う友達、たとえばもっと仲良くなりたいとか、もっとおれのことを知ってほしいと思うような友達は白石がはじめてだった。 だから最初は、距離を測りかねてぶつかったり遠ざかったり、けれどある日すんなりと、はじめから決まっていたみたいにだれよりも近いところに白石の居場所ができてしまった。

(まあ、これはちょお近すぎやけど!)

回想に現実逃避したところで状況は1ミリだって改善しない。 白石の肌の肌理こまやかささえ観察できそうな程度には目も冴え、頭もすっきりしつつあった。
明日は朝からテニス部のメンバーと遊ぶ約束があるのに、このままでは寝不足でぼんやりは免れない。 でも眠れない。

睡眠不足は美容の大敵やで!

恐れおおいほど若々しい母親に向かって放たれた瓜二つの息子の一言がふと浮かんで苦々しい気持ちになる。 おれの影から、睡魔が「おまえがいうな!」と叫んでいた。

(お前も起きてまえー)
意識のない重い腕のしたからなんとか手首を曲げて、嫌味なほど凹凸のない頬の曲線に人差し指を向ける。

(ほれ! ほれほれ!)
――へんじがない。 ただのマシュマロのようだ。 しかも高級品の。
少し癖になりそうなくらいの手触りと弾力をもった安らかなマシュマロは、何度目かのふにふにでまんまと、小さな子どもがむずかるような声をあげた。
どや!

得意気になったのは一瞬。 流れるようにおれの動きを封じた手が首の後ろまわされ、後頭部に。 背中にあった腕はさっきより強い力で無造作に距離を縮めて、身体が隙間なく重なってしまった。
目前に迫ったのは、いい匂いのする白石の鎖骨。

「ちょ、」
「ん……、あかんで、エクスタ、明日…遊んだ……、……」
「え、えー……」

挟まれた手首は、所在なく白石の肩にぽとりと落ちた。 そもそも、飼い猫と間違うとか、どんだけでかい猫と寝とるんやっちゅー話や。

とはいえ、位置がずれて腕枕のようになった後頭部を、あやすように撫でられるのが思いのほか心地よく、待ってましたとばかりに袖を引く睡魔に意識をさらわれながら、白石の猫もまあ悪くないかもしれないと思った。 まあ、ネーミングセンスは欠片もないけれど。
まるで恋人同士がするような格好もあたたかくて、まさか友香里ちゃんが起こしにくるまでそのままだったとかいまのおれには知るよしもなく、ただただ幸せな眠りについた。



つつく人差し指 


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