「走れ!止まったら終わりだぞ!!!」 ケビンの声が響く中、シンディ達はひたすら森の中を全力疾走していた。 地下の怪しい研究施設から脱出した後、ゾンビに追われるがまま逃げ込んだ森の中で、今度は別の恐怖に追い回されることになってしまったのだ。 必死に走るシンディ達を獲物と見なして追い回しているのは、大量のゾンビ犬。 何故森の中にこんなにたくさんの犬がいるのかわからないが、どう見ても普通の犬ではない。 街の異変の影響なのか、それとも何かの目的で実験体にでもされたのか、ゾンビ犬達は牙を剥いて襲い掛かって来る。 「も、もうダメだぁアアア!!!」 「叫ぶ元気があるなら走れ!!!」 絶望に満ちたジムの声を間髪入れずにケビンが遮る。 しかしそのケビンの額にも大量の汗が浮かんでいる。 ゾンビ犬達には痛覚もなければ疲労感もなく、執拗なまでにシンディ達を追って来る。 このままでは全員ゾンビ犬の餌食になってしまう。 誰もが思ったその時、前方に吊り橋を見つけてケビンが叫んだ。 「アレだ!!皆早く吊り橋を渡れ!!!」 今はもう使われていないその吊り橋は、ところどころ踏み板が外れてロープも痛んでいたが、最後の力を振り絞ってシンディ達は速度を上げて吊り橋を渡った。 全員が渡り切ったところで、シンディ達を追って我先にとゾンビ犬達が吊り橋に足を踏み入れる。 古い吊り橋が激しく揺れ、次の瞬間、痛んだロープがぶつりと切れて、ゾンビ犬達は崩れゆく吊り橋と共に遥か下の川へ落ちていった。 残ったゾンビ犬達はしばらくの間、反対の崖にいるシンディ達を見て呻り声を上げていたが、やがて諦めたのか元来た道を戻って行った。 ようやく恐怖から逃れて、シンディ達はその場に崩れ落ちた。 誰もが言葉もない程疲労し、不足した酸素を取り込む事に精一杯だった。 「はあ……なんとか逃げ切ったわね」 深いため息をついてアリッサが呟くように言った。 「森の中なら安全かと思いきや、とんだ目に遭ったぜ…」 「これからどうしよう…」 「辛いが、早くここを離れた方がいいだろう」 「そうだな。またいつアイツらが戻って来るかわかったもんじゃない。先を進もうぜ」 「はあ…もう鬼ごっこは勘弁だよ…」 疲れ切った体に鞭打ってシンディ達はまた森の中を歩き出した。 僅かな希望を見つけては無残に打ち砕かれ、もう体力も精神も限界に近づいていた。 ほとんど会話もなく黙々と歩き続けていると、ぽつんと忘れ去られたように建つ小さな小屋があった。 警戒しながら中を確認するが、生活の跡は残っているものの人の姿はなく、小屋の中は静まり返っていた。 「こんな所に人が住んでいるとは…」 「まあ何でもいいや。とりあえずここでちょっと休んで行こうぜ」 「でも…勝手に入っていいのかしら」 「ちょっとくらい平気だって!オレもうくたくただよ〜」 少し気が引けたが、シンディももう体力の限界だったので、無断で休ませてもらうことにした。 床に座ってもう一度小屋の中を見回すと、棚の上に置かれた写真立てに目が止まった。 写真には白衣を着た男性とその妻と思われる女性が写っている。 二人の後ろには病院らしき建物も写っているが、ジョージが勤務している病院とは違うようだ。 「それにしても、いったい何だったのかしら」 隣から思案するような声が声が聞こえて、シンディは写真から目を逸らした。 見ると、アリッサが手帳に何か書き込みながら難しい顔で考え込んでいる。 「そんなことどうだっていいじゃねぇか。吊り橋が落ちちまった以上、あいつらはもうこっち側には渡って来れねぇんだからよ」 壁に背を預けながらヒラヒラと手を振るケビンだったが、隣に座るジョージはアリッサと同じ疑問を抱いたようだ。 「この異変は人間だけではなく動物にも影響がある事はわかっている。しかしあの犬達は、動物園にいた狂暴な動物達とはどこか違うような気がする」 「どういうこと?」 「私も確信がある訳ではないが…最初にあの犬達を見た時、体に縫い傷のようなものがあった。暗がりだったのであまりよく見えなかったが、もしあれが縫合の痕だったとすれば…。あの犬達は意図的に狂暴化されたのかもしれない」 ジョージの言葉に全員が黙り込む。 静まり返る小屋の中で、最初に口を開いたのはケビンだった。 「つまりこの異変は最初から仕組まれた事だってのか?」 「断言はできない。しかし、他に説明がつかないだろう。これほど大勢の人間や動物が短時間に狂暴化し、街中を覆い尽くすかのように増え続けている。警察の異変の対処と言い、私には…意図的にこの状況が作られたように思えてならない」 「……」 「私も同感だわ」 「アリッサ…」 「そもそも私がこの街へ来たのは、同僚のカートという記者と連絡が取れなくなったからよ。彼は数か月前からある病院の不正行為を暴く為に取材を続けていたの」 「病院の不正行為?」 「私達の仕事では同僚もライバルだから、そう簡単に自分が握っているスクープを他人に話したりはしないけど、最後に彼に会った時、少し気になることを言っていたわ」 「何を言ったの?」 シンディが尋ねると、アリッサはポケットから番号のついたタグ付きの鍵を取り出して言った。 「もし自分に何かあったら、ラクーン警察署にいる"クリス"という人物にこの鍵を渡してくれって」 「クリス?」 思わぬ人物の名にケビンが反応を示した。 「あなたこの街の警察官でしょ?知ってるの?」 「まあな。特殊部隊S.T.A.R.S.に所属してる不器用だが良い奴だぜ。ただしばらく前にどっかの会社がヤバイもん作ってるとか言ってたな」 「ヤバイもの?」 眉を顰めて尋ねるアリッサだったが、ケビンはヒラヒラと手を振ってタバコを咥えた。 「覚えてねぇよ。何か映画みたいな、とんでもない話でみんな信じちゃいなかったし、S.T.A.R.S.が何の事件を追ってたのかも部外者の俺にはわかんねぇしな」 そこまで言ってからふとケビンはあることを思い出してごそごそと懐を探った。 制服の内ポケットから取り出したのはくしゃくしゃになったメモのようだったが、シンディの位置からでは何が記されているのかは確認できなかった。 「それは?」 ケビンの隣に座ったジョージが尋ねると、ケビンはタバコを口から離して左手で頭をかいた。 「クリスの名を聞くまですっかり忘れてたぜ。アイツがいなくなってしばらくしてから俺の机の上にメモが置いてあったんだ」 メモを受け取ったジョージは、そこに書かれた文章を落ち着いた声で読み上げた。 「"ケビン、私が去った後もしこの街で異常事態が発生したら、ジルと共にクスリ屋を探れ。そこに真実がある"」 一通り読み終えたところで、ジョージは訝しげな顔でケビンに尋ねた。 「この"クスリ屋"というのはいったい何のことだ?」 「さあな。ジルなら何か知ってるかもしれねぇが…」 「その人も警察の人?」 シンディの問いにケビンは2本目のタバコに火をつけながら頷く。 「クリスと同じS.T.A.R.S.に所属してる奴さ。元から気の強い女だが…何やらかしたのか知らねぇが、しばらく前に謹慎処分受けてぱったり姿を見なくなっちまった」 「"クスリ屋"っていうのは隠語だと思うわ。さっきも言ったように私達はスクープを取られたら終わりだから、自分が掴んでいるネタや調査している場所や人物のことを隠語で呼ぶのよ。警察でも使ったりするでしょう?」 「だとすると、クリスとそのカートって奴は協力して何かを調べてたんじゃねぇか。警察だけじゃどうにもならない事もあるからな」 「それってひょっとして、この異変と何か関係があるのかしら…」 シンディが呟いたとき、突然小屋の入り口が開いて全員の体に緊張が走った。 no 次へ |