五ノ蝕 影(黒澤怜)
「朧月館…。あまり雰囲気の良い場所ではないわね」
玄関ホールに足を踏み入れた私は、懐中電灯で辺りを照らしながらため息混じりに呟いた。
隣にいる深紅も苦笑を浮かべて廊下の奥に目をやる。
「でも…本当によかったんですか?優雨さんに内緒で来てしまって…」
「連絡しようにも他に方法がないじゃない」
「それはそうですけど…」
「巻き込んでごめんね、深紅」
「いえ…私も心配でしたから」
そう言って微笑む深紅に笑みを返してから私は歩を進めた。
優雨は家に残れと言ったけど、雫ちゃんは私にとっても大切な家族。
まだ結婚もしていないのにこんな事を思うのはおこがましいのかもしれないけど、心配でじっとなんかしていられない。
なりゆきとは言え巻き込んでしまった深紅には申し訳なく思う。
「人気のない食堂って少し不気味ね」
並んだテーブルや椅子を懐中電灯で照らしながら私が言うと、深紅が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、怜さんは優雨さんの従妹の海咲さんと会ったことはあるんですか?」
「ええ。婚約して優雨の叔母様にご挨拶に伺ったときに。優雨や雫ちゃんとは違って、少し気の強いしっかりした子だったわ」
「…そんな子がどうして誰にも行き先を告げずにこんな島まで来たんでしょう…」
深紅の言う通り、それは私も気になっていた事だ。
一度思い込むと周りが見えなくなる雫ちゃんや優雨と違って、彼女は自分の事も含めて客観的に物事を見ることができる少女だ。
失踪した友人を心配して誰にも連絡しないまま無人島に来るなんて無鉄砲な事をするとは思えない。
だとすると、彼女は何か他の目的があってこの島を訪れたのだろうか。
「…館に入ったときから思ってたんですけど…」
考え込んでいると、呟くような深紅の声が聞こえた。
「この島って仮面の文化でもあるんでしょうか…」
「仮面?」
深紅が照らし出した壁には様々な表情の仮面が飾られている。
玄関ホールや廊下にも飾られていたけど、薄暗い中で見る仮面は少し気味が悪いわね。
調べる時間がなかったから、この島のことはほとんど何も知らない。
ただ深紅の話では、この朧月島では三十年一度、朧月神楽という祭が行われていたらしい。
島中の人間が集まる祭はさぞかし賑やかで華やかだったのだろう。
それを考えると、誰もいないこの島が妙に哀れに思えてくる。
「…先を急ぎましょう」
私は気持ちを切り替えるように深紅を促して扉を開けた。