三ノ蝕 予兆(麻生優雨)
それは編集部での打ち合わせが予定より長引いて遅くなってしまった日のこと。
先月引っ越して来たばかりの新居に帰宅すると、リビングで婚約者の怜と彼女の助手であり友人の妹でもある雛咲深紅さんが何やら深刻そうな顔で話をしていた。
「あ、優雨さん、おかえりなさい」
「どうしたの?二人とも何だか浮かない顔をしてるけど…」
「それが…今日の昼に深紅が作ったお菓子を雫ちゃんと3人で食べながらお茶する約束をしていたんだけど、雫ちゃんが来なかったのよ」
「え…雫が?」
「家に電話をしてみたんですけど留守みたいで…」
僕は二人の話を聞いて、今は別々に暮らしている妹に電話をしてみた。
でも誰も出ない。
もう時計の針は十一時を回って外も真っ暗なのに、まだ家に帰ってないなんて…。
僕は受話器を置いて深いため息をついた。
「九時には帰るように言ってあるのに、こんな時間まで何をしてるんだ…」
「もしかしたら友達の家に泊まってるんじゃない?今日の約束のこともたまたま忘れちゃっただけかもしれないし…」
怜の言葉に僕はもう一度ため息をついて二階にある自分の部屋へ向かった。
確かに怜の言う通りかもしれない。
でも…言い様の無い胸騒ぎがする。
「まさか例の件を知って…」
小さな呟きは虚空へと消え去り、誰の耳にも届かなかった。
翌日、僕は机の上に置いてある一枚のメモを手に取って見つめた。
朧月島。
そこに雫は向かったのだろうか。
今は誰も住んでいない無人の島…。
そこで玄関の呼び鈴が鳴った。
どうやら彼が来たみたいだ。
だんだんと強まる胸騒ぎに不安感を覚えながら、僕は上着を取って部屋を後にした。