二ノ蝕 神楽(天倉螢)
見覚えのある家の前に車を停め、助手席に置いてあった鞄を手に取って車を降りた俺は、手入れの行き届いた玄関に立って呼び鈴を鳴らした。
出迎えてくれたのは、何度か顔を合わせたことがある友人の婚約者だった。
友人は近々彼女と結婚する予定で、先月に新居となるこの家に引っ越して来たばかりだ。
仕事の関係でここへは数回足を運んでいるが、今日訪れたのは仕事の為じゃない。
リビングに通されてソファーに腰を下ろすと、二階から友人である麻生優雨が下りて来た。
向かい合って軽く挨拶を交わしたところで、優雨が本題を切り出した。
「電話で話した通り、先週の土曜から雫と連絡が取れないんだ。家にも帰っていないみたいだし、警察に捜索願いは出したけどまだ何の手掛かりも掴めてない」
俺は頷いてから少し身を乗り出した。
雫というのは優雨の妹で、俺も度々顔を合わせている。
俺は彼女がまだ中学生だった頃から知っているが、明るく素直で優雨によく似た優しい少女だ。
そんな彼女が突然姿を消したと優雨から連絡があったのは、昨日の夜のことだった。
「心当たりはないのか?」
俺が尋ねると優雨は隣に座っている黒澤さんと顔を見合わせてから口を開いた。
「そのことなんだけど、実は数日前に親戚から連絡があったんだ。雫と同い年の従妹が友人と一緒に出掛けたまま連絡が取れなくなっているって」
「従妹?」
「叔母の娘で麻生海咲という少女だよ。彼女は親元を離れて友人と二人でアパートで暮らしているんだけど、その彼女が数日前から行方不明になってるんだ」
「それじゃあその子が雫の失踪と関係があると?」
「あくまで可能性の話さ。でも海咲の同居人である月森さんと雫はとても仲が良かったから、不安にさせるよりはと雫には黙っていたけど…どこかでそれを耳にして二人を捜しに行ったのかもしれないと思って…」
「捜しにって…いったいどこへ?」
優雨は上着のポケットからメモを取り出すと、それをテーブルに置いて広げた。
メモには"朧月島"という島の名前と共に、そこに行くまでのルートが記されていた。
「昨日、海咲の部屋を調べさせてもらって見つけたんだ」
「朧月島…?」
「そこに海咲は向かったらしい。きっと雫もあの島に…」
このときの優雨の言葉に若干違和感を抱いたものの、俺はそれほど気にとめずメモを手に取った。
「しかしそこまでわかってるなら、どうして警察にそれを話さないんだ?連絡を入れてもらえば、向こうで保護してくれるだろう」
俺がそう言うと優雨は静かに首を振った。
「いや、その島に今人はいないよ。三十年くらい前に島民達がみんな移住して今は無人島になっているんだ」
「無人島?どうしてそんな島に…」
「……わからない。でも雫がいるなら、捜しに行かないと…」
そう言って俯く優雨の顔色はすこぶる悪い。
そんな状態の親友を放って置く訳にもいかず、俺はメモを優雨に返して口を開いた。
「…わかった。俺も行くよ」
するとそこで黒澤さんが声を上げた。
「私も行くわ。雫ちゃんを放っておけない」
「いや、君はだめだ、怜」
「どうして…?」
「僕と螢だけで十分だよ。怜にはここで待っててほしいんだ」
「でも…」
黒澤さんは心配そうな顔をしていたが、結局俺と優雨の二人だけで朧月島へ行くことになった。