一ノ蝕 朧月島
「朧月島…」
霧の向こうに見える島を見つめながら私は呟いた。
船に乗るまでは晴天だったのに、島に近付くにつれて空が曇り始め、まだお昼だというのに辺りは夜のように暗い。
ここに来るまで色々な苦労があったけど、ようやく辿り着いた。
船を下りて遠ざかっていく影を見送った後、私は持ってきた懐中電灯の明かりを点けて後ろを振り返った。
無人の港は今はもう手入れもされず、ただ放置されている。
ひび割れたコンクリートに足を踏み入れると、途端に心細さが私を包み込んだ。
「……お兄ちゃん、心配してるかな……」
少しでも憂鬱な気分を紛らわそうと声を出してみたけど、逆効果だった。
黙って家を出て来てしまったことへの罪悪感と、遠い地で独りきりの孤独感が襲い掛かる。
頭に浮かんだのは優しいお兄ちゃんの顔と、もうすぐ私のお姉ちゃんになる怜さんの顔。
でも今更戻る訳にはいかないし、私をここまで乗せてくれた船も明日の朝にならなければ戻って来ない。
それに、私にはこの島でやらなきゃならないことがある。
「円香ちゃん…」
数日前に行方不明になった友達、月森円香。
その円香ちゃんが行方不明になる前に残した言葉…朧月島。
島の名前だけを頼りにここまで来たけど、本当にこの島に円香ちゃんがいるのかどうかはわからない。
いたとしても、全く知らない土地を私一人で捜すのは難しい。
それはわかっていたけど、他の人に迷惑は掛けられないし、こんなことをお兄ちゃんに言えば絶対に心配する。
ただでさえお兄ちゃんは人一倍心配性で、昔から私の世話ばかりで自分のことなんていつも後回しだった。
これ以上、お兄ちゃんに余計な心配はさせたくない。
だから絶対に、円香ちゃんを連れて帰らなきゃ。
きっと今頃、海咲ちゃんも円香ちゃんのこと心配してるだろうし、早く帰って安心させてあげなきゃ。
「よし…!」
私は大きく深呼吸して、懐中電灯を握り締めて駆け出した。