「来ないで……お願い……兄さん……!」 全身に衝撃が走ったかのように勢いよく起き上がった深紅は、すぐ近くで小さな悲鳴が聞こえて反射的にそちらを振り返った。 「怜…さん?」 驚いて目をぱちくりさせていた怜は、ほっと安堵の表情を浮かべてため息をついた。 「びっくりしたわ。うなされてるみたいだったから起こそうと思ったのに、深紅ったら急に起き上がるんですもの」 「え…」 はっとなって自分の体に目をやるが、どこにも異常は無い。 両手にも両足にも穴などないし、痛みもない。 「深紅、どうかしたの?」 茫然とした様子で自分の両手を見つめる深紅を、怜は心配そうに見つめる。 「そうだ、怜さん!兄さんは!?」 「え?」 「兄さんは今どこに?無事なんですか!?」 今にも泣きそうな顔ですがりつく深紅を見て怜は動揺する。 「何かあったの?」 「私、鎮女たちに杭で打ちつけられて…前にも同じことがあって…それで兄さんが…っ」 焦れば焦るほど言葉が上手く出て来ず、深紅は頭を抱えて俯く。 その直後、扉をノックする音がしてそっと扉が開いた。 「二人とも、どうかしたの?声が聞こえたから、何事かと思って」 「優雨、それが…」 怜が口を開くより前に、深紅はベッドから下りて優雨に駆け寄りその腕を掴んだ。 「優雨さん!兄さんは…兄さんは今どこにいるんですか!?」 「え?真冬ならたぶん仕事場にいると思うけど…。昨日すれ違ったときに、まだ仕事が終わらないから今日は泊まるって言ってたし」 「じゃあ、兄さんは無事なんですか?」 尋常ではない深紅の様子に優雨は困ったように怜に目をやるが、怜も事情が呑み込めず困った顔をする。 「何なら電話してみようか。この時間なら仮眠も取ってないだろうし」 ひとまず落ち着き深紅が着替えを済まして一階に下りると、電話の前に優雨の姿があった。 「うん。そうなんだ。何だか酷く慌てていて…。…そう、でも一体どうしたんだろう」 階段を下りて来た深紅に気づいた優雨は、そっと受話器を耳から離して深紅にそれを渡した。 受話器を受け取った深紅は、かすかに震える手でそれを耳に当てた。 「もしもし…」 「ああ、深紅?今、優雨から聞いたんだけど…何かあったのかい?」 「兄さん…?」 受話器から聞こえて来たのは紛れもなく兄・真冬の声だった。 いつも通り、落ち着いた穏やかな声。 兄の声を聞く内に深紅は冷静さを取り戻し、先程まで感じていた不安と恐怖も薄れていった。 「その…ごめんなさい。何でもないの。私、何か夢を見てたみたいで……」 「そう?何もないならいいけど…。それじゃあ仕事に戻らないといけないから、また後で」 「うん。本当にごめんなさい」 そっと受話器を置いて、深紅は深いため息をついた。 とても夢とは思えない程リアルで恐ろしい夢だったのだが、真冬には何の異常も起きていないようだし、自分の体にも刺青など刻まれていない。 「…やっぱりただの夢だったのかな」 ぽつりと呟いて深紅は、窓から差し込む朝日を見つめた。 no 次へ |