消えていくぬくもり。 抜け落ちていく欠片。 私が私でなくなっていく。 それでも消えることのない痛み。 いっそ何もかも捨てられたら、きっと幸せなのだろう。 でも、私はまだ私でありたい… 東北地方の山中にひっそりと佇む古い日本家屋。 いつから廃屋になったのかさえわからないその屋敷に、二人の女性がいた。 一人は20代前半くらいの短髪でスラリとした美人だった。 もう一人は小柄で女性というよりは少女といった方がしっくりくる女性だった。 名を雛咲深紅。 フリーカメラマン、黒澤怜のアシスタントとして今回の取材に同行していた。 取材に同行するのは今回が初めてという訳ではないのだが、今回の取材に深紅はあまり乗り気がしなかった。 しかしそれは、ごく普通の人には理解できないものであり、そんなことを理由に仕事を断る訳にもいかず、黙って怜に同行することになった。 「思っていたよりも大きなお屋敷ですね」 そびえ立つ門を見上げて深紅は感嘆の息を漏らす。 その隣に立つ怜は何枚かシャッターを切った後、門の中へと入って行った。 屋敷の中はどこも古く、床も腐り落ちているところが多かった。 かなり荒れ果ててはいるが、その方が絵になることもある。 「…少し残念ね」 ぎしぎし鳴る廊下を歩きながら怜はため息混じりに言った。 「幽霊が出るって話だったけど、何にもいないじゃない」 そんな怜の後ろを歩きながら深紅は苦笑を浮かべる。 「噂なんてそんなものですよ。…確かに古いお屋敷ですけど」 そう言った時だった。 ふと一瞬、誰かが廊下の奥を横切ったような気がした。 「あれ…?」 「どうかしたの?」 もう一度目を凝らして見るが、廊下の奥には誰もいない。 「いえ…何でもありません。ただちょっと、人影が見えたような気がして…」 「ふふ…幽霊でも見えた?」 笑って言う怜だが、深紅は少しドキリとした。 深紅には兄・真冬と同じ、普通の人とは違う特異な力を持っている。 その力が災いしてある事件に巻き込まれたのは記憶に新しい。 それ故、こういった人気のない場所ではどうしても敏感に反応してしまうのだ。 そのことを怜が知るはずもなく、深紅も彼女に話すつもりはなかった。 口で説明して理解できるようなものではないし、そのことを知った怜がどんな反応をするのか怖くて言い出せない。 昔からそうだ。 普通の人とは違うこの力のせいで、自分も兄も他人と深く接することができずにいる。 人とは違う……たったそれだけのことで拒絶され疎まれていくことを、深紅はよく知っていた。 そしてそのことを理解してくれるのは、同じ力を持つ者だけだと言うことも。 no 次へ |