第一章 綿流し編
□紅贄

漆黒の闇の中、繭はひたすら息を殺して祈り続けていた。


どうか見つかりませんように……と。


そっと戸の隙間から外を覗くと、座敷の中を歩く人影が目に映った。


何かを探しているのか、まるで幽霊のようにふらふらと歩いている。


白い着物は血と泥で汚れ、素足の為か足にはたくさんの擦り傷があった。


見ていて痛々しい姿だったが、彼はもはや痛みさえも感じていないようだった。


(どうして……樹月君……)


祈りながら繭は悲痛な表情で数時間前のことを思い出していた。



…神社の抜け道から脱出を図った澪と繭は、目の前の光景に絶望を感じずにはいられなかった。


「そんな……どうして!」


「ここまで来たのに…っ」


外へ繋がる唯一の出口は、土砂で埋もれ、光さえ差し込まない。


走っている最中に光っていると見えたのは、近くに転がった松明の明かりだった。


「やっと出られると思ったのに…っ」


悔しそうに唇を噛んだその時、ひたひたと迫る足音が聞こえた。


「澪…っ」


「…っ」


暗闇の中、松明の明かりの中にぼんやりと浮かぶその姿は、まさしく鬼そのものだった。


右手に日本刀を持ち、左手には村人らしき男の頭を掴んでいた。


はだけた着物は返り血で赤黒く染まっている。


柏木良寛。


柏木家の当主にしてこの村の長たる人物だ。


いったいなぜこんな事になったのかはわからないが、良寛は完全に正気を失っていた。


「み、澪…っ」


繭は泣きそうな顔で妹の手を握り締めた。


やっとの思いでここまで辿り着いた二人だったが、ここから外に出られない以上もう逃げ場はなかった。


「どうして…なんで私達がこんな目に……」


澪がそう呟いた瞬間、目の前に日本刀が振り下ろされた。


「きゃああ!!」


「!」


繭は悲鳴を上げ、澪は声もなく後ずさる。


このままでは間違いなく殺される。


「……嫌……そんなの…絶対嫌!!!」


緊張の糸が切れたのか、澪はとっさに落ちていた石を拾って良寛に殴りかかった。


ゴッという鈍い音と共に良寛はその場に崩れ落ちる。


額から血が流れ出していたが、澪は構わず繭の手を取ってその場を逃げ出した。

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