第一章 綿流し編
□鬼ヶ淵

その階段を下りてはいけない…


それは、奈落へと続く階段なのだから…


……それでもあなたは下りると言うのなら、決して前を見てはいけない…


真実は、あなたの後ろにあるのだから…



「はあ……はあ……くそっ、あいつらどこへ行ったんだ…」


額から流れ落ちる汗を拭いながら、螢は木に手をついて呼吸を整えた。


こうして乱れた呼吸を整えるのがいったい何回目になるのか、数えるのも億劫に感じる。


「澪…繭……いったいどこにいるんだ……」


山へ行くと言って出て行く姪を見送って、もうすぐ丸一日が経過しようとしている。


暗くならない内に帰って来いと注意したにも関わらず、二人は夜の9時を回っても帰って来なかった。


夕方頃から通りかかる村人たちに、二人を見なかったかと問いかけていたが、誰一人見たと答える者はいなかった。


森で迷ったのかもしれないと、数人の村人たちと共に山へ入ったが二人は見つからず、結局その日、二人は帰って来なかった。


翌日、早朝から村人たちに協力してもらい、こうして山中を捜し回っているが、姿はおろか声さえ聞こえない。


いくら迷いやすいと言っても、これだけ捜して見つからないはずがない。


何らかの事件に巻き込まれたのか、それとも足を滑らせて崖から落ちたのか。


念の為、崖下も捜したが二人は見つからなかった。


「はあ……あいつら、気をつけろって言ったのに…」


そう呟いた時、そこへ螢と同じく息を切らした村人が二人現れた。


「螢ちゃん、どうだったよ?」


「姪っ子さんは見つかったかね?」


螢は汗を拭って、首を振った。


「いや…そっちは?」


村人たちは首を振ると、深いため息をついて空を見上げた。


「今日はもう下りんと、これ以上は無理じゃて」


「螢ちゃんも今日は諦めて澄さんとこ帰らんと。昨日一晩中捜し回っとったんじゃろ?」


「あ、ああ……けど…」


「大丈夫じゃて。あの子らならきっと見つかる」


「そうじゃよ、螢ちゃん。今日も帰って来んかったら、明日興宮の警察に来てもらおうや。皆で捜せばすぐ見つかんよ」


「……」


螢はまだ諦めずにいたが、さすがに体力の限界を感じ、山を下りることにした。


「わかった……。けど、ちょっと寄る所があるから、おやっさん達は先に下りてくれ」


「ほんなら先帰るけど、螢ちゃんもあんまり遅くならない内に帰らんと澄さん心配するで」


「ああ…わかってる」


螢は村人たちと別れると、山を下りるのとは別方向へ歩き出した。

1/8

no 次へ

BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -