FAITAL FRAME〜刺青ノ聲〜
□二ノ刻 狭間ノ家-ハザマノイエ-

駅近くの喫茶店に入った螢は、奥の席に真冬の姿を見つけて歩み寄った。


「遅くなって悪いな」


「いや、僕もさっき来たところだから…。それより、姪っ子さんは…」


「ああ、繭なら疲れて休んでいるよ。…澪は相変わらず、昨日の夕方からずっと眠り続けたままだ」


「……」


真冬は暗い表情で俯くが、ある物を思い出して鞄を開けた。


取り出したのは古い数枚の写真だった。


「これはあの射影機に入っていたフィルムの現像写真だよ。中に入ってたフィルムは相当に古いもののようだけど…一体深紅はどこであんなものを…」


「妹さんの部屋に何か手掛かりはないのか?」


「深紅は小さい頃からずっと毎日日記をつけているんだ。でも、氷室邸事件の直後からの日記がどこを捜しても見つからなくて…」


「そう言えば妹さんは黒澤さんの家に泊まり込むこともあったんだろう?もしかしたらその時に…」


「ああ、僕もそう思って黒澤さんに頼んでおいたよ。見つかれば何かわかるかもしれない」


「そうか…」


そこで螢はテーブルの上の写真を手に取った。


一枚目の写真は、紅い紐とそれに結ばれた鈴。


二枚目の写真は、白い着物を着た双子の少女。


そして三枚目の写真には、廃屋が写っている。


「この廃屋は…」


「ああ、あの幽霊屋敷だと思うよ。廃屋になる前の写真みたいだね」


「この双子の写真…もしかして双子祀りか?」


「双子祀り?」


聞き慣れない言葉に真冬は首を傾げる。


「俺の地元で行われている祀りさ。最も今ではすっかり廃れちまって、やっている家は少ないだろうな」


「どんな祀りなんだい?」


「この双子、帯を紅い紐で結んでいるだろう?」


写真の双子は、確かにお互いの帯を紅い紐で結んでいる。


「俺の生まれた村では、双子はもともと一つだったものがわかれて生まれて来たと信じられているんだ」


「一つ?じゃあこの紐は、二人で一つという意味なのかい?」


「ああ。双子が15歳になったら、白い着物を着せてお互いの帯を結んで双子祀りを行うんだ」


「でも、それがあの廃屋と何か関係があるんだろうか」


「さあな。双子祀りを今でも行っているとしたら、おそらく園崎の家くらいだろうが…」


「園崎…?」


「地元ではかなり大きな屋敷でな。おそらく双子祀りに関する古い資料なども置いてあると思うが…調べるのは無理だろうな」


「どうして?」


「つい先日、猛毒の火山性ガスが発生して立ち入り禁止になってるんだ。俺の村はどうにかギリギリ免れたようだが、園崎の家の方は全滅らしい。…まあ無事だったとしても、あの婆さんがそう易々と資料をよこすとは思えないがな」


「婆さん?」


「園崎家の当主さ。俺の母と同い年でな。俺も何度か会ったことはあるが、まあなんて言うか…その辺にいる男共よりよっぽど肝の据わった婆さんだよ。何でもよく知ってるが、あんなことになった以上、もう話も聞けないしな…」


「そうか…」


真冬は少し残念そうな顔で俯く。


「それはそうと、あの射影機、お前の親父さんが持っていた物だと言ってたが…」


螢がそう言うと、真冬は顔を上げて軽く頷いた。


「ああ。深紅は母さんの形見だと思っていたらしいけど、もともとは父さんの持ち物だったんだ。でも亡くなった母さんがよくあの射影機を使っていて…」


「あのカメラ、親父さんが買ったものなのか?」


「いや、買ったものではないと思う。でも…父さんがあれをどこで手に入れて来たのかは僕にもわからない。誰かから貰ったのかな…」


「あのカメラについて知っていそうな人はいないのか?」


「…高峰先生ならあるいは知っていたかもしれない。でも今となっては……」


真冬はどこか辛そうな表情で俯くが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そう言えば…父さんがあの射影機を持って来たのは、確か深紅が生まれる前だったと思う」


「そんな昔からあったのか?」


「あまりよく覚えていないけど…父さんはよく友人と射影機について何か話していたようだった」


「じゃあその親父さんの友人に話を聞けば…」


真冬は静かに首を振る。


「それは無理だと思う。2年前にあんなことがあった以上、生きているとは…思えない」


「2年前…?」


「…土砂災害だよ」


「土砂災害?」


そこで螢はふとある事を思い出した。


「2年前の土砂災害…それは、まさか…!」


真冬は静かに頷いて言った。


「あの幽霊屋敷の近くにあった村……羽生蛇村は僕の故郷なんだ」


「!」


「父さんの友人というのは、羽生蛇村にある宮田医院の院長。土砂災害で生き埋めになった一人だ」


「……」


「あの廃屋も…知っていたんだ。小さい頃、友人と一緒にいったのを覚えてる。…幽霊屋敷だなんて呼ばれているのは知らなかったけど」


「なんで黙ってたんだ?」


「……ごめん。でも…たぶん怖かったんだと思う。自分から言い出すことが…。村の人達がもう生きていないと、認めることが……」


「……」


「あの村にはあまり良い思い出はないけど……それでも、大切な人がいた。家族と同じくらい……とても大切な…かけがえのない人が。だから……」


「わかった。もういい…」


螢はそう言って真冬の言葉を遮った。


「しかし、そうなると妹さんがあの廃屋を訪れた可能性は高いな」


「そのことだけど…僕にもわからないんだ。深紅は、僕が羽生蛇村の出身だということを知らない」


「どういうことだ?妹さんもその村の出身じゃないのか?」


「深紅が生まれたのは、僕達家族が都会に移り住んでからだったし、僕も父さんたちも深紅にあの村の話はしたことがない。だからあの廃屋も知らないはずなんだ」


「…とすると、彼女は一体どこであの廃屋を知ったのか。そしてどうしてあそこへ行ったのか」


「深紅が目覚めないこととあの廃屋は、やっぱり何か関係があるんだろうか…」


「今は何も言えないな。とにかくあの廃屋について、もっと詳しく調べてみよう」


「ああ…そうだね」

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