樹月から家紋風車の話を聞いた二人は、さっそく逢坂家へと向かった。 逢坂家はしんと静まり返り、人の気配はなかった。 「誰も…いないのかな」 「…そうみたい」 恐る恐る中へと入るが、やはり誰かがいる気配はなかった。 「とにかく早く家紋風車を探さなきゃ。まず二階から見てみよう」 澪の言葉に繭も頷き、二人は二階へ上がった。 二階は澪たちが通された客間の他に、二つ部屋がある。 書生部屋と書斎である。 入ってすぐ廊下を挟んで右側に書生部屋があり、澪たちが通された客間の奥に書斎がある。 二人は手分けして家紋風車を探したが、それらしき物は見つからなかった。 どうやら二階にはないようだ。 「澪、こっちはなかったよ」 「私も。…となると、一階だね」 「どこにあるんだろう…」 「こうなったら片っ端から探すしかないよ、お姉ちゃん。今、家には誰もいないみたいだし、二人で探せばきっとすぐに見つかるよ」 励ますようにそう言うと、繭は少し苦笑して頷いた。 一階に下りた二人は、それぞれ東と西に分かれて家紋風車を探し始めた。 箪笥の奥や壷の中、本棚の隙間に衣装箱の中…隅から隅まで調べていった。 「ふう…ダメ、ここにはないみたい」 囲炉裏の間の東にある着物の間を調べ終わった澪は、深いため息をついて部屋を出た。 そして向かいにある大座敷へと入った。 大座敷はあまり物がなく、衣装箱が一つと布団、蚊帳しかなかった。 奥には半開きの押入れがあるが、中には何も入っていないらしい。 「うーん……ここには何もないかな」 念の為、一つだけある衣装箱を調べてみたが、中に入っていたのは着物だけで、他には何もなかった。 もう一度部屋の中を見回すと、ふと蚊帳の近くに落ちている黒いものに気づいた。 裏側へ回って見てみると、それは黒い革の手帳だった。 埃まみれではあるが、村に置いてある本などに比べればまだ新しい。 と言うより、少々不思議だった。 この村は澪たちの祖母が暮らしている村より、はるかに古い。 電気はもちろん、ガスもなければ洋服も一つもない。 いくら山奥にある村だとしても、電球の一つもないのはおかしい。 そんな村に真新しい手帳が置いてあるのは何とも変だ。 「?」 そっと中を開くと、するりと何かが滑り落ちた。 拾ってみると、それは二枚の写真だった。 一枚目には、双子らしき赤ん坊が写っている。 そして二枚目には、赤いワンピースを着た幼い少女が写っている。 その写真に澪は一瞬見覚えがあるような気がした。 しかしどうしても思い出せない。 「どっかで見たような気がするんだけど……」 しばらくうーんと考え込んでから、澪はハッとなって首を振った。 「いけない、いけない!こんなことしてる場合じゃなかった」 写真を元に戻して手帳を閉じようとしたとき、ふとメモ欄に目が止まった。 "黒い手帳のメモ" 村に迷い込んでからもうどれくらい経っただろうか。 私はまだここから逃げ出せないでいる。 いつの間にか入って来た道が消えているし、村人たちはなぜか私を捕まえようとする。 贄、祟りなどと口走っていたように思うが、まさかこの村はいつか聞いた鬼ヶ淵村なのだろうか。 鬼ヶ淵に近づいた者は鬼隠しに遭うと言われている。 これがそうだとしたら、もしかして百合もこの村にいるのかもしれない。 今まで決して忘れることのできなかったもう一人の娘。 もし百合がこの村にいるのならば…。 あの屋敷、柏木家から大きな鐘の音が聞こえて来る。 そう言えば、蔵で会った白髪の少年が言っていたような気がする。 鐘が鳴ったら祟られると。 その意味はよくわからないが、この村の雰囲気は尋常ではない。 村人たちは皆、祟りを恐れ、鬼のような形相で私を追い回す。 彼らの言う「贄」というのが、私なのだろうか。 私はもうこの村から逃げられはしないだろう。 いずれ彼らに捕まり、その贄にされることだろう。 やれるだけのことはやった。 あとは奇跡が起こるのを祈るしかない。 …悔いならある。 私が死ねば、残される子供たちはどれほど苦しむことだろう。 あの日以来、彼女はすっかり人が変わってしまった。 あの子達が生まれれば、きっと立ち直ってくれると思ったのに。 あの子達には辛い思いをさせることになってしまった。 できることならば、もう一度あの子たちに… そこでメモは途切れていた。 その先は破れてしまっている。 「私達の他にもこの村に迷い込んだ人がいたんだ…」 澪は手帳を閉じると、格子窓の向こうに目をやった。 数人の村人が松明を手に自分達を捜している。 「早くこの村から逃げなきゃ…」 ぎゅっと手を握り締め、澪は大座敷を後にした。 前へ 次へ [しおりを挟む][戻る] |