Wheel of Fortune〜紅い蝶〜
□終ノ刻 祟り

樹月から家紋風車の話を聞いた二人は、さっそく逢坂家へと向かった。


逢坂家はしんと静まり返り、人の気配はなかった。


「誰も…いないのかな」


「…そうみたい」


恐る恐る中へと入るが、やはり誰かがいる気配はなかった。


「とにかく早く家紋風車を探さなきゃ。まず二階から見てみよう」


澪の言葉に繭も頷き、二人は二階へ上がった。


二階は澪たちが通された客間の他に、二つ部屋がある。


書生部屋と書斎である。


入ってすぐ廊下を挟んで右側に書生部屋があり、澪たちが通された客間の奥に書斎がある。


二人は手分けして家紋風車を探したが、それらしき物は見つからなかった。


どうやら二階にはないようだ。


「澪、こっちはなかったよ」


「私も。…となると、一階だね」


「どこにあるんだろう…」


「こうなったら片っ端から探すしかないよ、お姉ちゃん。今、家には誰もいないみたいだし、二人で探せばきっとすぐに見つかるよ」


励ますようにそう言うと、繭は少し苦笑して頷いた。


一階に下りた二人は、それぞれ東と西に分かれて家紋風車を探し始めた。


箪笥の奥や壷の中、本棚の隙間に衣装箱の中…隅から隅まで調べていった。


「ふう…ダメ、ここにはないみたい」


囲炉裏の間の東にある着物の間を調べ終わった澪は、深いため息をついて部屋を出た。


そして向かいにある大座敷へと入った。


大座敷はあまり物がなく、衣装箱が一つと布団、蚊帳しかなかった。


奥には半開きの押入れがあるが、中には何も入っていないらしい。


「うーん……ここには何もないかな」


念の為、一つだけある衣装箱を調べてみたが、中に入っていたのは着物だけで、他には何もなかった。


もう一度部屋の中を見回すと、ふと蚊帳の近くに落ちている黒いものに気づいた。


裏側へ回って見てみると、それは黒い革の手帳だった。


埃まみれではあるが、村に置いてある本などに比べればまだ新しい。


と言うより、少々不思議だった。


この村は澪たちの祖母が暮らしている村より、はるかに古い。


電気はもちろん、ガスもなければ洋服も一つもない。


いくら山奥にある村だとしても、電球の一つもないのはおかしい。


そんな村に真新しい手帳が置いてあるのは何とも変だ。


「?」


そっと中を開くと、するりと何かが滑り落ちた。


拾ってみると、それは二枚の写真だった。


一枚目には、双子らしき赤ん坊が写っている。


そして二枚目には、赤いワンピースを着た幼い少女が写っている。


その写真に澪は一瞬見覚えがあるような気がした。


しかしどうしても思い出せない。


「どっかで見たような気がするんだけど……」


しばらくうーんと考え込んでから、澪はハッとなって首を振った。


「いけない、いけない!こんなことしてる場合じゃなかった」


写真を元に戻して手帳を閉じようとしたとき、ふとメモ欄に目が止まった。


"黒い手帳のメモ"

村に迷い込んでからもうどれくらい経っただろうか。

私はまだここから逃げ出せないでいる。

いつの間にか入って来た道が消えているし、村人たちはなぜか私を捕まえようとする。

贄、祟りなどと口走っていたように思うが、まさかこの村はいつか聞いた鬼ヶ淵村なのだろうか。

鬼ヶ淵に近づいた者は鬼隠しに遭うと言われている。

これがそうだとしたら、もしかして百合もこの村にいるのかもしれない。

今まで決して忘れることのできなかったもう一人の娘。

もし百合がこの村にいるのならば…。



あの屋敷、柏木家から大きな鐘の音が聞こえて来る。

そう言えば、蔵で会った白髪の少年が言っていたような気がする。

鐘が鳴ったら祟られると。

その意味はよくわからないが、この村の雰囲気は尋常ではない。

村人たちは皆、祟りを恐れ、鬼のような形相で私を追い回す。

彼らの言う「贄」というのが、私なのだろうか。

私はもうこの村から逃げられはしないだろう。

いずれ彼らに捕まり、その贄にされることだろう。

やれるだけのことはやった。

あとは奇跡が起こるのを祈るしかない。



…悔いならある。

私が死ねば、残される子供たちはどれほど苦しむことだろう。

あの日以来、彼女はすっかり人が変わってしまった。

あの子達が生まれれば、きっと立ち直ってくれると思ったのに。

あの子達には辛い思いをさせることになってしまった。

できることならば、もう一度あの子たちに…



そこでメモは途切れていた。


その先は破れてしまっている。


「私達の他にもこの村に迷い込んだ人がいたんだ…」


澪は手帳を閉じると、格子窓の向こうに目をやった。


数人の村人が松明を手に自分達を捜している。


「早くこの村から逃げなきゃ…」


ぎゅっと手を握り締め、澪は大座敷を後にした。

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