その日、双子の姉妹である天倉繭と天倉澪は、夏休みを利用して祖母の家に遊びに来ていた。 都会とは違うのんびりとした空気が漂う稲荷村。 とても小さな村で二人は幼い頃から度々遊びに来ている。 「やっぱり好きだなあ…おばあちゃん家」 「うん、空気がおいしくて、静かだよね」 縁に座ってお団子を食べながら澪と繭はニコリと微笑んだ。 そんな孫達を見守りながら、祖母・澄は微笑ましそうにお茶をすする。 「あんなに小さかったのに、もう中学生だなんて、時が立つのは早いもんだねぇ…」 「ねえ、おばあちゃん。村の中なんだか慌ただしい感じがするけど、何かあるの?」 澪が尋ねると、澄はゆっくり頷きながら言った。 「ああ、もうすぐ隣村でお祭りがあるんだよ」 「お祭り?」 「そう言えば、二人がこの時期に来るのは初めてだったねぇ…」 「どんなお祭りなの?」 今度は繭が尋ねた。 「綿流しのお祭りだよ」 「綿…」 「流し…?」 不思議そうな顔で澪と繭は首を傾げる。 「祭りをやるのは隣村だけど、人手が足りないから私らもよく手伝っててねぇ。丁度明日だよ」 「お祭りかあ〜、ねえお姉ちゃん、明日行こうよ一緒に」 「うん」 二人は顔を見合わせてニコリと笑った。 「でも綿っていうのは何なの?」 「綿流しというのはね、古くなった布団とかを供養する儀式なのさ。巫女が布団を供養したあと、鍬で裂いて中から綿を取り出して川に流すんだよ」 「ふーん、なんだか変わったお祭りだね」 「祭りに行くなら、螢と一緒に行っておいで。螢も今年は手伝いに行くんだろうからね」 「え?叔父さんもお祭りの手伝いしてるの?」 「村を出るまで、隣村にはしょっちゅう遊びに行ってたからね。祭りの手伝いもよくしてたのさ」 「へ〜そうだったんだ」 「螢さんから聞いたことなかったね」 「うん。でも、楽しみだなお祭り」 「…ねえ澪、久しぶりに山へ行ってみない?」 「あ、いいね。行こっか」 そう言って立ち上がったとき、澄が手を止めて口を開いた。 「山へ行くなら気をつけるんだよ。あまり深く入り込むと鬼隠しに遭ってしまうよ」 「鬼隠し?」 「昔、この土地には人食い鬼が棲んでいたんだよ。鬼は村人たちを食らい、この地は闇に覆われた。そこで村人たちはオヤシロさまに供物を捧げて、鬼を封じてもらうように頼んだのさ」 澪と繭は黙って祖母の話に耳を傾けた。 「村人たちの願いを聞き入れたオヤシロさまは、人食い鬼を鬼ヶ淵に封じ、以後決して近づいてはならないと言い聞かせた。…あの山には今でも封じられた鬼が棲んでいて、鬼ヶ淵に近づいた者を隠してしまうと言われているんだよ」 二人はぶるっと肩を震わせて顔を見合わせる。 「こ、怖い話しないでよおばあちゃん」 「み、澪……」 「だから、奥へ入っては行けないよ、澪、繭」 「うん…気をつける」 こくっと頷いて、二人は玄関へ向かった。 靴を履いて外へ出ると、叔父であり、二人の保護者でもある螢がいた。 「お、何だ出掛けるのか」 「うん、久しぶりに山へ遊びに行こうかと思って」 澪がそう言うと、螢は一瞬眉を寄せた。 「山へ…?……まあいいが、暗くならない内に帰って来いよ。この辺りの森は迷いやすいんだ」 「大丈夫だって。小さい時には何度も遊びに行った山だし」 「そうだが…」 螢はしばらく考え込んだあと、ふと何かを思い出して上着のポケットから小さな石を二つ取り出した。 「山へ入るなら、これを持って行け」 「綺麗ですね…」 「でも、なんで石を?」 「それは霊石という不思議な力を秘めた石なんだ。この辺りじゃ生まれた赤ん坊に御守りとして託す習慣があってな。お前達は持っていないだろ?」 「御守り…」 「ありがとうございます、螢さん」 澪は緑色、繭は赤色の霊石を受け取ってポケットに入れた。 「叔父さん、祭りの準備に行くの?」 「ん?まあな。もうほとんど終わってるから、そんなに掛からないだろうが」 「頑張って下さい」 「じゃあ行ってきまーす」 「ああ、気をつけてな」 no 次へ [しおりを挟む][戻る] |