「二階に誰かいるみたい…」 「どうする?澪」 澪はしばらく考え込んだあと、意を決して階段を上った。 するとそこに、桐生家と同じような柵で囲まれた座敷があった。 座敷の中には白い着物を着た少女と、紅い着物を着た幼い少女がいる。 「お、お姉ちゃん!?」 その顔を見た瞬間、思わず澪は声を上げていた。 そして、自分の隣に立つ姉と、柵の向こうの少女の顔を見比べた。 『八重…!!』 少女も驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。 そして慌てて柵へと駆け寄った。 『八重!どうしてここにいるの?まさか…戻って来たの?』 どこか悲痛な表情を浮かべる少女に、澪は訝しげな顔をする。 「何のこと?八重??」 澪の反応に、少女は困惑する。 『八重では…ないの?』 「私は澪。こっちはお姉ちゃんの繭。…あなたは誰?」 少女はしばらくの間茫然としていたが、やがて俯き、悟ったように口を開いた。 『そう……そうよね。八重は……。ごめんなさい。似ていたから…』 少女はぎゅっと手を握り締めると、顔を上げて言った。 『私は紗重。あなた達、どうしてここにいるの?』 名前を聞いて澪と繭は驚く。 「紗重!あなたが?…よかった、私達、あなたを捜していたの」 『私を…?』 澪は蔵にいる樹月から聞いたことを紗重に話した。 『…樹月君が……。それでここへ来たのね』 「うん。桐生家の地の橋を通って来たの。…でもどうして紗重はここにいるの?樹月君は囚われているって言ってたけど…」 紗重はしばらく黙り込んだあと、顔を上げて言った。 『それより、他の家紋風車は持っているの?』 「ううん。立花の風車は蔵にあるって樹月君が言ってたけど…」 『それなら早くした方がいいわ。…ごめんなさい、園崎の家紋風車はここにはないの』 「え!」 『ここに囚われたときに取り上げられてしまって…。たぶん桐生のご当主が持っていると思うわ』 「そんな…」 澪と繭はがくりと肩を落とす。 と、そのとき、紗重の後ろで怯えた様子で二人を見ていた少女がぽつりと呟いた。 『お人形……』 「え?」 訝しげな顔をする澪たちに、紗重は苦笑を浮かべて少女の頭をなでた。 『この子は立花千歳。…千歳ちゃん、どうしたの?』 『…風車……お人形の部屋で見た』 「本当!?」 思わず澪が身を乗り出すと、千歳は小さな悲鳴を上げて紗重の後ろに隠れてしまった。 『ごめんなさい…この子、とても臆病なの』 「え?あ……ごめん」 『千歳ちゃん、風車は人形の間にあるの?』 しかし千歳は顔を隠したまま首を振る。 『お人形がたくさんあるところ…』 「たくさん?」 人形がたくさんあるところと言われて思いつくのは、紗重が言った人形の間だけ。 もしかして他にも人形がたくさん並ぶ部屋があるのだろうか。 そう澪が考えていたとき、紗重が何か思いついたように顔を上げた。 『もしかしたら、作業部屋かもしれないわ』 「作業部屋?」 『桐生のご当主は人形師なの。いつもたくさんの人形を作っていらっしゃるけど、その作業部屋のことかもしれないわ』 「それは、どこにあるんですか?」 繭が尋ねると、紗重は奥の机で何かを書いて、柵の間から紙を差し出した。 『簡単な見取り図だけれど、その印がついてる部屋が桐生のご当主の作業部屋よ』 「ここに家紋風車があるのね?」 『ええ、たぶん桐生の家紋風車もそこに。障子の間にある天の橋から桐生家に戻れるわ。ご当主の鍵があれば、桐生家からも入れるのだけど…』 「…わかった」 『気をつけてね。みんなあなた達のことを捜してる。捕まったら良寛様のもとへ連れて行かれてしまうわ』 「良寛?」 『この村を取り仕切っていらっしゃる方よ。…あの方には誰も逆らえないの』 「偉い人ってことね」 『いい?決して捕まってはだめよ。一度捕まれば、もう二度と後戻りできなくなるわ』 真剣な紗重の言葉に、澪と繭は緊張しながらも深く頷いた。 「わかりました…」 「ありがとう、紗重」 そう言って二人は桐生の見取り図を手に天の橋へと向かった。 前へ 次へ [しおりを挟む][戻る] |