FAITAL FRAME〜zero〜
□最終夜 呪縛

突然五肢を引っ張る力が消え、僕は地面に叩きつけられた。


「ごほっごほっ…」


激しく咳き込みながら顔を上げると、そこに心配そうにこちらを見る妹の姿があった。


「深紅……!」


「兄さん、しっかりして!」


「どうして……ここへ……」


喉に手を当てたままかろうじて声を絞り出すと、深紅は目に涙を溜めたままかすかに笑みを浮かべた。


「よかった……間に合って……」


その言葉で僕はすべてを理解した。


深紅が僕を心配して手掛かりをもとにこの屋敷へやって来たこと。


考えてみれば、当たり前の話だ。


もし深紅が同じように消えてしまったとしたら、僕は何をしてでも深紅を捜し出すだろう。


たった一人の大切な妹を…。


「深紅……すまない」


そう言って謝った僕に、深紅はただ黙って微笑んだ。


『うう…』


ふと呻き声が聞こえて、僕は顔を上げた。


そこには生前の姿に戻ったキリエの姿があった。


五肢に縄が巻き付いてはいるが、さっきまでのような霊気は感じられない。


「霧絵さん…」


ポツリと深紅が呟いた。


キリエはゆっくりと顔を上げると僕と深紅を見てどこか悲しげな表情を浮かべた。


『ごめんなさい……自分を…止めることができなかった……』


深紅は無言で首を振った。


『……わかっていたの……でも、わたしは…わたしを止めることができなかった…』


ぽつりぽつりと呟くように彼女は話し出す。


『自分の宿命を受け入れる覚悟はできていたのに……それなのに……お父様はあの人を………』


呟く彼女の頬を涙が伝う。


『…あの人が無事なら……あの人が想い人のもとへ帰られたのなら……それでよかったのに……。なのに、あの人はわたしのせいで…お父様たちに………』


その言葉で、僕はふっと逢魔が淵で見た清純の姿を思い出した。


彼は、彼女に関わった事が原因で、あの場所で当主たちに殺されたのだろう。


それを僕に伝えるために、彼は僕をここまで導いていたのかもしれない。


『わたしのせいであの人は………。わたしのせいで………』


僕はすっと立ち上がると、一歩前に出て言った。


「清純は……彼はきっと君のことを恨んでなんかいない」


キリエははっとなって僕を見る。


「僕は彼に導かれてここまで来た。それはきっと、君を救いたかったからだと思う」


『わたし…を……?』


僕は頷いて言葉を続けた。


「清純は君を救おうとしていた。…それが原因で命を落とすことになったのかもしれないけど、でもそれは君のせいじゃない」


『!』


「彼はわかってたはずだ。君に関わることで自分がどうなるのかを。それでも彼は君を救おうとした。…彼がどんな過去を送ってきたのかは僕にはわからないけど、自分と同じ苦しみを持つ君を救いたかったんじゃないだろうか…」


『同じ……?あの人も……』


「清純はきっと、その苦しみから君を救いたかったんだと思う。そして君は今もなおその苦しみに囚われている。……だから、彼は僕をここへ呼び寄せたんだと思う」


『!』


「君が彼と出会ってよかったと思うのなら、どうかもう苦しまないで欲しい。君の苦しみは、彼の苦しみでもある。だから…」


僕はそこで言葉を区切り、真っ直ぐ彼女を見て言った。


「もう苦しまないで欲しい」



…長い沈黙だった。


時間が止まったかのように、静寂だけが辺りを包み込んでいた。


キリエは茫然とした様子で立ち尽くしていたが、やがて静かに目を閉じ、そして小さく微笑んだ。


『ありがとう……』


彼女が呟いた瞬間、開きかけた黄泉の門が唸りを上げた。


「これは…!」


「!」


門から巨大な何かが溢れ出そうとしている。


「兄さん、鏡を!」


「!」


深紅の言葉に、僕は落ちていた御神鏡を拾い、祠に納めた。


すると御神鏡からまばゆい光が放たれて、闇をかき消した。


地響きとともに門が閉まっていく。


……しかし、それが完全に閉じることはなかった。


おそらく長い年月の内に闇が深まって、御神鏡だけでは封じられなくなったのだろう。


するとキリエが門の前に立って両手を上げた。


門に掛けられた縄がキリエの両手を縛り上げる。


そのままキリエの体は門の中心まで引き上げられ、両足と首に縄が巻き付いた。


「霧絵さん!」


深紅が叫ぶと、キリエは静かに首を振った。


『いいの……これが私の宿命だから……』


開きかけた門がキリエによって閉じられる。


『…やっと……役目を果たせる………ありがとう…』


キリエはそう呟いて、もう一度微笑んだ…。



「…兄さん。これで……よかったのかな」


僕の隣で深紅が小さく呟いた。


「……わからない。でも……彼女はもう自分を責めることはないと思う」


僕はそう言って空を見上げた。


「……兄さん」


「…ん?」


「……おかえりなさい」


ぽつりと呟かれた言葉に、僕は微笑んで頷いた。


「ああ……ただいま」

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